失踪シリーズその7。一覧はこちらからどうぞ。

01.広がる漆黒

その時、彼は偶然にも黒い服を着ていた。

黒と云う色はもともと好きだ。それは色の中でも異彩を放っているように感じられるからである。黒は何にも染まらず、逆に相手の色を侵食する、強い色だ。
それとは逆の理由で、白は嫌いだった。白は染まりやすすぎる。
そして血の色も落ちそうにない。
あるいはその血塗れた色を見るのが嫌で、白が嫌いなのかもしれない。実際には返り血を浴びる仕事など下っ端がすることで、今の地位ではそのような事態に陥ったことはない。けれども服が黒いのは合理的で安全であった。瞬時に母なる闇に溶け込むことができ、色を印象に残すことで個人を埋没させる。黒い衣服はもはや身の一部と言ってもよかった。
聞いて見たことはないが、案外他のメンバーもそう思っているのかもしれなかった。たとえ嫌いであろうともこのカラーは組織を象徴する重要な意味を持つ。
もはや脱ぐことはできない。
許されない。
だから、お願いよ、Cool guy?

誰の血も平等に紅い、それでも。
ゆっくりと倒れるその黒色を、狂おしいほどに欲する。

染まらない黒を、信じている。信じているから、お願い、


help us.


#彼女の葛藤。いきなり暗い話でごめんなさい。
(2006/09/07)







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02.繰り返す夢

夢を見た。


いちいち殺した奴の顔と名前を覚えちゃいない。というよりも忘れるようにしている。
それは必要がないからだ。生死不明者は確かめなければならない、いつかくだらない復讐とやらのために邪魔をしにくる可能性がある。死者はそんなことをしない。だから彼らにさく記憶など不要だ。
だいたいそんなことをしていては頭がおかしくなってしまう。両手で数えられる数を超えたときに、くだらないことに頭を使うのはやめにした。
その習慣は今でも続いている。
だが消したはずなのに、頭の隅から消えないやつがひとりだけいる。
俺は今でも、そいつの顔をよく覚えている。



「約束通り、赤井秀一を始末したわ」
そう告げた女の唇は震えてもいなかった。
もしもFBIとなんらかの取引を交わしていたとしてもこういう場合は自分の命が優先する。密通の疑いが晴れたわけではなかったが、組織にとって最も邪魔な男を消したのは事実だ。
「今のところは信用しておいてやろう」
だから釘を差すのを忘れない。
女は笑ってうなずく。あなたの疑いはまだ晴れないのね、と暗に不満のようなからかいのような言葉と共に女はきびすを返した。
コツコツと響く足音が角を曲がっていくまで、じっとその場に立っていた。
何が気に入らないのかははっきりしていた。
自分の手で殺したのではないからだ。頬をかすめていった銃弾の痛みに比べて、他人に行わせた死はあまりにも軽い。
キールの動きに不審な点はなかったし、事前に突然告げた指令だから赤井に危険を知らせる時間もなかった。電話での会話も問題はない。
だがそれでも俺は疑っている。キールと、赤井の死を。
赤井なら…ライなら、それくらいは予想していて手を打ったのではないかと思っている。
ジンは舌打ちをした。
くだらない。やつは死んだ。FBIが赤井を失えばもはや取るに足らない。死体への過大評価は判断力を失う。
実に、くだらない。
タバコに味気なさを感じて吐き出す。足で踏みつぶすとジンはその場をあとにした。
奴のことを考えるのはこれが最後だ。


それが一年前のことだ。キールは未だに怪しい動きを見せない。二重スパイではないかと疑っていたあの方も彼女への疑いをなくしたようだった。きっかけは半年前だ。
半年前に組織はFBIと日本警察に急襲を受け、多くの部下を失った。幸いにしてあの方やジン、ベルモットなどは難を逃れ、現在は潜伏している。襲撃の情報をつかんできたのはキールだ。そのおかげで彼ら数名の幹部やあの方は無事に逃げおおせ、あの方は今やキールに大きく目をかけている。
ジンはそれが気に入らない。
一年前からジンはキールの動向に注目していたし、何度か隙を誘うように泳がせてみたが彼女は尻尾は出さないままだ。それどころかあの方に近づいている。
これは罠なのではないかと勘が叫ぶ。根拠はない。だが周りを取り囲まれた罠に足を踏み入れているような感覚がある。
これまでジンは罠を仕掛ける側だった。だからこそ嗅ぎ分けるのだ。今は網が引き絞られるのを待っている時間なのではないかと。


FBIに赤井が復活した様子はなかった。赤井ほどこちらの行動ややり方を読んで支持を出せる人物はFBIにはいまい。
だが急襲の際、動きが鋭すぎると感じた原因は程なくしてわかった。
『工藤新一』。
巧妙に捜査に関わったことを伏せてはいたが、現場指揮を執っていたのが実質その男だったことを突き止めたのはそれなりに苦労したが実のあることだった。
計画を邪魔するやつの名前がつかめればもう終わったも同然だ。
高校生探偵だかなんだか知らないが、消すように指示を出しておく。新聞ではないどこかで聞いたような名前だと思ったが、思い出すための無駄な努力はしなかった。
どうせ、すぐに忘れるからだ。


ジンの中で最大の後悔は自らの手で殺さなかった一人の男だった。機会は何度かあったにもかかわらず、そのたびに逃してきた。
ライ、諸星大、赤井秀一。
全て同一人物だ。
腹立たしいことに彼の顔はこの一年、頭の中から消えることはなかった。
夢に見るからだ。
赤井をこの手で殺す夢を、何度も。
確かに殺し、満足し、それが夢であることを起きて知る。


襲撃の際、もしや生きているのでは、と疑ったときの感情は不可解そのものだった。
それは紛れもない喜びだ。歓喜と言っても良い。
やはり、という思いと今度こそ己の手で殺せるという思いが入り混じった感情。

それが違う人物が指揮していたと知り感じた失望。



それに関して、ベルモットにくだらない話をされたことがある。赤井をキールに殺させた後のことだ。
この目で確かめたにも関わらずその死を疑い続ける俺にあの女は笑った。
心底楽しそうに。
『わかったわ、なぜあなたが信じられないのか。なぜ彼のことを気にしているのか』
見透かした顔で、あの秘密主義の女は囁く。
そのときだけ、彼女の口元は歪められた。

『それは彼があなたのシルバー・ブレッドだからよ』


あの女は時々わけのわからないことを言う。そう、思った。



#それは恋よ、とかって言わないだけ良いと思います。ベルモットの良心。
(2007/10/19)
→03.紅い月







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03.紅い月



ずいぶんと昔の夢を見た。

夢の中でかりそめの恋人が笑っていた。
組織の中で生きてきた彼女に近づいたのはより組織の情報を得るためだ。重要人物である彼女の妹に近づき、その姉と親密になることで組織に足がかりをつけ、やっと幹部のジンという男との仕事にこぎ着けた。
それなのにその彼女に自らの正体を打ち明けている。
馬鹿だ。だが、言わずにはいられなかった。3年間一緒に過ごした時間がそうさせていた。
『お前…知っていたな?それなのになぜ俺を近づけた?』
彼女…宮野明美はかすかに涙を浮かべて笑った。
『言わなきゃわかんない?』
悲しい笑顔だった。そしてそれが生きている彼女を見た最後にもなった。


赤井秀一が再び彼女を見つけたのは2年後、日本の新聞でだった。血に染まったスーツを着て倒れた彼女はずいぶん痩せて見えた。
その前日に来たメールを、赤井はずっと保存している。携帯を変えないのは彼女のメールをいつでも見るためだ。
そしていつも、彼女の問いかけに答えられない。
『もしもこの仕事が終わって組織を抜けられたら…』

いつまでも、これからも、もう二度と。

『また、彼氏として付き合ってくれますか?』
なぜなら、彼女はもうこの世にいないからだ。


この仕事に就いてから色んな女に近づいた。情報収集やつなぎ、そういったもろもろの目的を持っての仕事だ。たいていの女は美しく着飾っていても暗い、立ち上るような退廃の匂いがするものだ。彼女らが意識してもしなくても、裏の世界に浸って生活していれば造作もなく感じ取れる匂いだった。
宮野明美ももちろんそういった影をもっていた。だがそれはどこか媚びを含んだ暗い匂いではなく、寂しげな笑顔として感じられるものだった。
彼女がぽつりともらした身の上話では、両親が組織で働く研究者で小さな頃から組織と切り離せない生活だったそうだ。普通に大学に通い、恋人もいながら組織に育てられてきた。深い関わりがなくとも妹とともにその位置に立ち続けている女。
だがそれ以上に…悲しい女。
それが宮野明美だった。

彼女が死んでから、赤井は髪をばっさりと切り落とした。
それは同時に彼女を殺した組織を追い続ける覚悟の証でもあった。
上司や親しい同僚の内の幾人かはこう考えていただろう。宮野明美は赤井秀一を愛し、秀一もまた彼女を愛していた、と。
それは間違いではないが正解でもない。赤井が感じていたのは怒りだった。
なぜお前は俺が近づくのを許した。
なぜお前はこんなメールを送った。
なぜお前は…俺を愛した?
なぜ。
俺は。

赤井のことがなければ宮野明美は殺されなかったはずだった。2年前、組織にふられた赤井はだからこそそれから彼女に連絡をとらなかった。
彼女の妹はそれほどまでに重要人物なのだ。
それなのに、仕事を成功させた彼女は殺された。それは赤井のせいに他ならない。殺す理由は何でも良かったのだから。

切り落とした髪にこめた覚悟は組織を追うことと、もう一つは彼女の最期の願いを叶えるためだ。
『P.S.
妹と組織を抜けられたら、』
彼女はあのメールをどんな気持ちで送ったのだろう。仕事に成功しても、赤井のもとへ行ける可能性が低いことは彼女自身が一番よくわかっていたはずなのだ。
だからこれは、妹を残していってしまう姉からの最後の頼みごとだ。
そして精一杯の組織への抵抗。
彼女が取れるぎりぎりの行動ラインが、きっとあのメールだった。
彼女のメールに返事を送れなかった赤井にできることはたぶん、それだけだ。

そのためならば、組織を狙うたった一発のシルバー・ブレッドになるよりも、むしろ決して抜けない鋼の楔を打ち込むことを選ぶ。それがどんな危険を伴うものであろうと、確実に組織を潰さなければならないのだ。
でなければ彼女の願いを叶えたことにならない。

そのためには罠を。
鋼の楔と、張り巡らされた無数の罠と、そして彼らに打ち込む最後の切り札、シルバー・ブレッドを用意して。たとえこの身が朽ち果てても、赤井が抱く望みはそれだけだ。


彼らが求める幸福など、月にかざす涙が見せる幻覚にすぎないことを思い知らせてやろう。
最高の悪夢を、彼らに。




水無玲奈の銃口がこちらを向いている。
「ここでおしまいとはな…」
「私も、ここまでうまくいくとは思わなかったわ」

交わす言葉をジンは聞いているはずだ。あの男が自ら殺しに来ると思っていたのは甘かった、ということだろうか。
だがすでに罠は仕掛けた。
赤井秀一が動くのはここまでだ。

『妹を…志保をよろしくお願いします』

夢の終わりを知る。
最後に見たのはどこか悲しげな色に染まる月だった。


「悪く…思わないでね…」

その言葉を誰かが聞いたかどうかは定かではない。




♯2年前〜数ヶ月前〜現在。58・9巻より。時間の流れって恐ろしい。
そしてむしろジンがふられている。
(2007/10/23)






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04.千切れた羽

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05.闇に向かう道


青年は夜道を一人歩いていた。危険があることは百も承知、それでも家の中に閉じこもってばかりいるわけにもいかない。
青年はありふれたモノトーンのジャケットの上下を着て足早に歩いていた。何かから逃げるように、追われるようにその足先は港へと向かってゆく。
昏い夜だった。空は薄い雲に覆われて月星の気配はない。都会の灯りは人工的な明るさをまき散らすが、その本質的な暗さは生き物を怯えさせる性質を持っていた。
青年の後を影が追う。それは青年自身の影でありそうでないときもあった。街灯は港近くの倉庫に近づくにしたがって少なくなったが、それでもわずかな光を放ち続けている。それを頼りに青年は動く。そして影もまた。
青年は今の状況を比較的正確に把握していた。自分がどこに向かっているかも、そしてどうなるのかもわかっていて足を止めなかった。あるいは、止められなかったのかもしれない。影の存在が今やますます迫っていたためだ。
コンテナからコンテナへと移動するのをやめ、青年はじっと息を潜める。潮騒が近く、汽笛は時折風に混じって青年の耳に届いた。
よくよく見れば青年の服はすでにところどころ破れ血がにじんでいた。青年の顔にも疲れが隠せない。長い間追われたきた果てなのかもしれなかった。

狭いコンテナ群は逃げるのには適さない。

いつしか、青年は黒い服をまとった女に銃口を向けられていた。
背後は黒い海。
助けは、来ない。

次に汽笛が闇を貫いたとき、青年はもうそこに立っていなかった。
女もまた。

そこは、かつて宮野明美が命を落とした場所であった。




#三人称でスタート。そして悪夢は繰り返される。
これって02のお題にも使えたっぽいな・・・
(06/09/21)
→19.離れぬ想い


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