Black,White,and Blue.










「今から言うことをよくお聞きになって」

閉め切られた暗い部屋の中に若い女の声が響く。

「貴方がそんな姿になられたということは、失ったものを取り返すためにそれなりの努力と犠牲を払わねばならないという事」

声は哀しげで物憂げで、言い放つ調子はそれでもそれが真実だと告げていた。

「貴方が為すべきことは、貴方の存在を知られないこと、気づかれずに貴方自身を探し出すこと…」

声がそう囁くと、それに従って淡い蝋燭の炎がいくつか灯された。
おぼろげな光が辺りを照らし、濃い影は揺れ、それでも目が慣れればその場にいた者を認識することができる。

卓子の上に置かれた輝かしいきらめきを放つ小さな石。
す、と白い手が伸びてそれを光にすかす仕草をした。

「これよ、魔人…」

彼女を見上げる瞳が真剣みを帯びる。

(…あとどれくらい)

「具体的な数は私にもわからないわ、魔人」

声ではない声に答えを返し、彼女は黒髪を揺らして立ち上がった。
そのまま手にするのが蝋燭のともった燭台、そしてそれを広げられた白紙の上へに持ってくると、目を閉じ、何事かを呟いた。

「次は…」

彼女の口元を見つめる瞳は底知れず、蒼い。



















「ブルー・ブラッド。十五世紀、フランスの将軍が難攻不落の敵を長い時間をかけておとした際に偶然に手に入れた悲劇の宝玉…。その持ち主はことごとく事故にあう、病に倒れるなどして非業の死を遂げている、か。なんかぞっとしねーなー…」


そのぞっとしない話を口に出してさらりと言ってしまえるあたりが、快斗のいいところといえばいいところである。
パソコンの画面をしばらくにらんで、そこに画像荒く表示された『ブルー・ブラッド』の項目を記憶に入れた。

今度開かれる大規模なオークションは、少々いわくつきの宝石が数多くリストに上がっている。
輝くダイヤモンドにルビー、サファイヤ、オパール。
はては翡翠や瑪瑙や真珠といった価値も種類もまぜこぜにした、――宝石専門の怪盗にしてみれば実に魅力的な取引なのだ。


日時は四日後、時間は午後六時。
快斗はパソコンの電源を落として立ち上がった。

「そういや」

ふと、快斗は考え込む。
最近気になっている視線の主が、KIDが必ず来るこの機会になにか仕掛けてくる可能性があるだろうか?
今まで何もしてかなかったからといって、今回もそうとは限らない。常に最悪の事態を想定しておくべきだ。
場合によっては、最終手段も使わざるを得ないだろう。



ため息を吐く。
こんな孤独な戦いは、いつになったら終わるんだろう。
そしてそれが終わったとき、自分はどうする?


父の命を奪った宝石、パンドラを見つけたら、この手でうちくだくと決めていた。

だが、その後は?
怪盗KIDをすっぱり廃業して、普通の高校生に戻る?
陽気で、お調子者で、大切な幼馴染をからかったり、友達とバカやって過ごす毎日に戻る?
――戻れるのだろうか?




暗くなりかけた思考を、頭を振って追い払った。
今は、まだ。
考える前にやることがある。

さしあたっては、そう、

「おーい、いないのかー??」
ソファの影を覗き込んだ快斗は、そこに眠るキッドという名の犬を見つけた。


「めしだぞ、キッド。」

呼ばれた名に反応したのかぴく、と耳を動かす。が、起きる気配はない。
太陽の光が当たって滑らかな毛並みの一本一本に陰影を落としている。
白と黒のコントラストが際立って、思わず快斗は手が出た。

「…ウ…」
なでなでなで。
柔らかな体をなでたら、無意識ながらもなんだか不満げに喉を鳴らすので、ちょっと快斗は傷ついた。

不思議な犬だ。
見つけたときは、少々厄介にも思ったけれど、いつのまにかこうして傍でまどろんでいる存在に少しだけ、癒されている。
名前もまた極め付けだし。
ちっとも家にいつかないけれど、帰ってくる、そのことが嬉しい。
「ペットとは違うもんな、お前」


起きているときは、やたらプライドの高い犬らしく、あまりこんな風に触らせてくれたりはしないのだ。
拾った当初、手当てをしてやったり、そんなときは甘える…というか感謝の気持ちのように懐いてくれたが、あれは非常に珍しい出来事だったのだと一緒に住んで数週間の間に悟った。


「フツー、徐々に懐いてくれるもんだろー?」
変わってるな、と苦笑して、もう一度ぽん、と頭をなでた。

「人間くさい奴」

そのときになって、犬のキッドの目が開いた。
起き上がると、差し込む西日にわずか眼を細める。

快斗はキッドの眼が好きだ。
深みのある蒼い色。それを見ているだけで落ち着く。と同時に心が躍る。
なんだかわからないが期待でわくわくする。

まるで、…まるで?



「…?」
思い出そうとしたイメージは、掴み所のないまま、失われていった。
その間にも、キッドは呆けた快斗の横を通り抜けていく。



――そういや、この前の現場で、こいつを見たような気がした。



快斗は振り返るキッドの目を見つめた。



――気のせいか?





予告は出した。
狙うのはブルー・ブラッド。
暗号は、今回はそんなに凝ってない。

日付は四日後だ。
































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(2004/08/27)