Black,White,and Blue.
5
「君にしか頼めないんです!」
「はあ〜?なんで俺が」
あんな奴のためにわざわざ郊外の山奥まで行かなきゃならねーんだ。
後半は飲み込んだけれど、あからさまに嫌な顔をしたことをいったい誰が責められるだろうか。
何しろこのあと俺を襲った不幸といったら、それこそ人生変わるような事件だったんだから。
*****
急にどうしても断れない用事ができた白馬は新一をその屋敷まで送ると、慌ただしく去っていった。
ひとり、門の前に佇んで、軽い荷物のはいったバッグを下げていると口から自然と溜め息が漏れる。
無理も無い。けれど過日のことではえらい世話になったため、白馬の頼みを断り切れなかったのは俺なんだから。
まったく、借りなんて作るもんじゃねーな、ともう一度深息を吐くと屋敷に向かい重い足を動かした。
呼び鈴、なんとインターホンではなく、を鳴らすと程なく、執事を名乗る初老の男性が現れた。
白馬からの紹介状を渡すと、屋敷の主人が今夜の件でお目にかかります、と慇懃な口調で言う。
俺自身はなにしろ嫌々来た面もあるし、長い間車に乗って疲れていたが、了解の意味でうなずいた。
一応白馬に頼まれた仕事であるし。聞いてはいるだろうけど、依頼主に直接会って事情ぐらいは説明しないとな。あとこっちも具体的なことを説明してもらいたいし。
なんて考えているうちに、執事の男性の背中はかなり遠くにあった。
待ってくれよ…(汗)
それにしても、なんだろう。先刻から妙な感覚がする。
…誰かに、見られているような。
しかし俺の前を歩く執事以外には誰もいないはずなのだ。
何か不自然だ。
その感じは応接間のような部屋にはいってますます強くなった。
「ほどなく、主人が参りますので」
そういって執事は出て行く。探偵として、もう一度部屋を見渡した。
そろいの椅子が三脚。丸テーブルが一つ。窓辺に置かれた脇机。
窓。棚。壺。鹿の首。
そして大きな、2mはあろうかという置き時計。
調度品としてはいかにもこの屋敷に合ったものだし、どれをとってもおかしいところなどない。
だけれど何かが変だ。
とん
軽い音に振り向く。扉の向こうから、続いて音がした。
とん とん とん
足音のようなものが一定の感覚で近付いて来る。
足音だとすれば、それはずいぶんと軽い…まるで子どものような軽さだ。
ついに、それは扉の前で立ち止まり。
その瞬間、俺の注意は迂闊なことに、完全に扉に向いていた。
一人でいたせいもある。
部屋にあからさまな不審が無かったせいもある。
油断…していた。
丸テーブルの椅子のそばに立っていた俺は、急に腕を引かれて後ろに倒れこんだ。
掴まれた腕が痛くて、訳も分からずうめく。
視界が回る。
扉、天井、照明、…そして開いて行く扉の向こうに黒い人影があった。
影は言う。
笑いながら、愉快そうに、楽しそうに。
「ようこそ、我が友よ」
その手にはきらめくビッグジュエルが収まって、美しい光の乱反射が眩しかった。
*****
深いようで浅い、そのくせ重い眠りから覚めるともう夜明けだった。
彼は身体を起こす。軽く頭を振って立ち上がった。足がふらついたがすぐに回復する。
昨夜のことはすぐに思い出した。
協力者の彼女に情報をもらい、先回りした現場に、彼が現れたのだ。
この姿になって以来忘れたことのない彼の声だった。
…楽しそうな低い笑い声。
彼の目的がわからない。それゆえにただ恐怖を覚えてしまう。目的は達した後であったし、直接向かい合う前に逃げて夜の街を走り続けた。それで、くたくたになって倒れ込むように眠ったのだ。
けれど。
彼は頭を上げた。蒼い目でじっと明るくなった空を見上げた。そして、黒い毛と白い毛が混じった自分の足を動かして歩き出す。
朝日は昇ったばかり、柔らかな光をその一匹の犬にも平等に投げ掛けた。
どんな状況に陥ったとしても、結局は自分で前に進むしかないのだから。
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2005/05/31
はう、ようやく折り返し、かな?