最初に目に入ったのは灰色で、薄汚れた塊だった。






Black,White,and Blue.










「…あれ?」

雨に降られて帰る途中の、近所の空き地。
草の生い茂る中にひとつぽつんとある塊。


それを目にしたとき、快斗は自然に足を止めていた。


丈の長くなった草に隠れてしまって、それがなんなのかはわからなかった。
確かめに行くか行かないかで迷う間にも、細く白い糸のような雨が感覚のない重みをもって髪や服にまとわりつく。

それが静かに、そして確実に体温を奪っていく。


「なんだろ」


呟くと、構わず快斗は空き地に足を踏みいれた。


雨と土と緑。それらの織りなす独特の匂いが、しばらく触れていないせいか、特に濃いように思われる。
塊に目をすえ、一歩一歩近づくたびにそれの匂いはどんどん強くなっていくような気がした。
むっとするようなそれは、しかし気持ち悪くはなく、むしろよく茂った深い森にいるときのような感じだ。

塊に近づくにつれ、さっきは見えなかったが、灰色の塊からは白い足のようなものが出ているのに気がついた。


「犬だ…」


汚れて横たわっているそれを見つめて、快斗は呟いた。


そばに立って、犬を観察する。
もとは白いはずの全身の中で時おり微かに腹が動き、それで辛うじて生きていることが判る。
大きさは両手で抱えるくらい。
恐らくは成犬になりきっていないであろう。

膝を折って覗き込む快斗の気配を感じたのか、その犬は薄く目を開けて快斗を見る。
けれど逃げることはおろか、唸り声ひとつあげる力もないらしく、そのまま再び目をつむってしまった。


「…」


こんな季節に、こんな場所で、しかもこれほどに体力が落ちた一匹の犬。





拾うつもりなんて、全然なかった。






けど、その犬が。





綺麗な、澄んだ蒼い色の眼をしていた。





「…拾ったって、俺忙しくってお前を飼えないんだよな」


犬に向かって弁解がましく言ってみる。


「お前、今はいいけどすごくでかくなりそうだし。」


聞こえているのかいないのか、何の反応も返さない。


「『自分で責任取りなさい』って母さんに言われるに決まってるんだよ」


雨足がわずかに強くなってきた。













「、…」













暫く躊躇ったあと。


快斗はそっと犬に手をのばし、抱きかかえた。


「うるさくしたら雨でもほうりだすかんな?」


相変わらず目を閉じたまま、灰色の犬は微かに鼻を鳴らし、されるがままになっていた。










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2004/04/21