紅い雪 後編






あとから思えば、なぜ、拒絶しなかったんだろう?

それは静かに自分の死を見つめたいと願う傍ら、誰かに俺の生きてる姿を見ていてほしい気持ちがあったからだろう。
ひとりで暮らしてきた時間は長かったのに、孤独に耐えられなくなっている弱い心もあった。
昼間はいい。いろんな人が俺を訪れ、語り、束の間楽しい時間を与えてくれるから。

けれど、夜は。
ひとりで過ごす夜は。

長く、
終りが見えず、
襲ってくる突発的な発作に耐え抜こうともがく、
そんな苦痛の時間だった。



誰かに側にいてほしかった。
その誰かに俺の苦しさを少し、一緒に背負ってほしかった。

両親。
服部平次。
博士や灰原哀。
蘭。
支えてくれる人は沢山いたが、苦しさを話すことはできなかった。

両親にはこれ以上過剰な心配をかけたくなかった。
服部には服部の、大阪での生活があり、迷惑はかけられないと思った。
灰原は、どこかに俺に対する罪の意識があって、壊せない隔たりがあった。

蘭は、あいつは、止まらなくなりそうだった。
するまいと思っている後悔や泣きたくなる衝動が。

ずっと言えなかった言葉と一緒に余命を打ち明けて謝った俺に、
『ありがとう、言ってくれて』
と、責めもせず、微笑んだあいつには。

幸せになってほしい、と心から思う。

だから、俺のことを引きずってほしくなくて、話さなかった。

…いや、俺はあいつの前で格好をつけたいだけなのかもしれない。
自分の情けない姿をみせたくなかった。
…そういう相手だった。






あと一週間もすれば両親が揃って帰国し、表面上は孤独から解放されるはずだった。
そんな、微妙な時期だったからこそ、KIDを、あいつを受け入れることができたのかもしれない。

KIDはニ、三日おきに夜、俺の家に訪れた。ベランダに目を向けるとあいつがいて、俺といろんな話をした。
これまでのKIDの体験、時計塔の話、高校の話、友達の話、KIDの目的、親父さんの話、これからの話…。

同情は要らなかった。対等な立場で話ができ、判り合える存在が目の前にあった。

…そういうことだったのかもしれない。










なんとか事件解決に出向けた一ヶ月目。
安楽椅子探偵になった二ヶ月目。
突然KIDの訪れが絶えた三ヶ月目。
四ヶ月目に俺は倒れ、
五ヶ月目に本格入院。


駆け去るような速さで世界は回っていく。
めまぐるしく変化する日常も、あらゆる刺激も、全てを大切にして惜しみ、過ごした濃い時間。






そして、誰の上にも等しく訪れる、六ヶ月目。










俺は必死に頼み込んで一晩の外泊を許され、自宅に戻ってきていた。
発作はほとんど連続して起こる状態で、けど、その刺激にももはや感覚は反応を失いつつある。そうなったら、あまり俺に残された時間はない、と前から言われていた。

それでもずっと戻りたかった俺は満足だった。懐かしいものを片付け、整理し、揃えておく作業は思いの外俺を安らかな気持にさせてくれた。
手伝ってくれた両親や蘭や友人たちはそのあと、俺のためにささやかなパーティまで開いてくれた。
そこには気にかけていた灰原哀の姿もあり。

楽しい時間が過ぎていった。楽しく、得難く、貴重な時間だった。
あまりに楽し気なので、知らない人が見ればまるで祝いの席か何かだと思ったことだろう。



実際には、別れの宴に他ならないのに。














興奮冷めやらず、頭が冴えて眠れない真夜中、俺は外に出た。

夜空は暗く、星は見えなくて、月は隠れ、雲が光をおびていた。

空気が冷たい。

上着をしっかりと着込み、庭へ歩きだした。
求めていた光景が、目の前に広がる。



圧倒されるほどの紅。
夜見るそれは、昼間よりもいっそう豪奢に儚く、大きく、美しい。



落ちてゆく紅い花弁が、
壊れてゆく最中の作り物のように、
大きくなり過ぎた泡の割れる瞬間のように、

まるでこぼれる生命のように、感じられてくる。


庭におかれている椅子に座った。

肘をついて、みるともなしにながめる。


一年に一度花をつけるその木は、しかし半年前と同じように威様を誇り、優しく、激しく花弁を舞いおとしていた。


まるで俺に見せ付けるかのような、狂い咲き。






待ってたわけじゃないのに、感じ慣れた気配が斜め後ろにあった。


既視感を感じる。


「新一」


ゆっくり、振り返った。予想にたがわず、白い怪盗がそこにいた。
俺は軽く微笑む。


「久しぶりだな」


声をかけたら、KIDもまた微笑みを見せた。
どこか疲れたような、泣きたいような、そんな表情。

どうしたんだ、と問うたけれど、KIDは何も言わずに首をふった。






「ごめん」

震える声でKIDが謝った。

「…なんだよ?」

俺は目線で目の前の椅子を示した。KIDは近付いてきたけれど座らず、俺の側に立った。

いいから話してみろよ、とKIDに促す。
やつは少し沈黙し、やがて声を詰まらせ、俺の名を呼んだ。



「っ新一…」

月光を背にし、顔を伏せてなお、KIDの悲嘆は隠しきれていなかった。

「…何があったんだ?」

俺が再度尋ねると、KIDは消え入りそうな声でパンドラ、と呟いた。

「砕けちまった…気をつけてたのに。他のことはうまくできてたのに。かざした途端にあっけなく、さ」
「…そのパンドラってのは、不老不死になるっていう、あれか? お前の探してた」
前に少し話に聞いていた、KIDの目的である宝石。そ
れをめぐっての争いで親父さんが生命を奪われたという。あの黒の組織と似たような組織に。



「俺は…、新一に生きてほしかった。自信たっぷりに笑って、謎を解いて、いつか俺を裁いてほしかった。俺を…救ってほしかった。新一に、生きてて、ほしかったんだ…」



こらえきれずに溢れ、流れる、一筋の涙。


「KID…」
今更ながら、KIDが白い服のあちこちに傷をつくり、血をにじませているのが目についた。


「なんで新一が、なんで俺みたいな犯罪者じゃなくて、新一が、」
KIDはしゃくりあげるように声を呑んだ。
KIDが泣くなんて、想像もできないけれど、
確かに。

「…死んでいい人間なんかいねーよ。そしてお前は罪を罪と思うやつだ。俺が、知ってる。そうだろ?」

静かにKIDの肩に手を伸ばす。

「泣くなよ…俺は大丈夫だから」

白い服を確かに握る。そして力を込めて引っ張った。
とっさのことに驚いたのか、あっさりとKIDは俺の腕におさまった。

「おめでとう。KIDの仕事、終ったな…」

軽く肩の辺りを撫で、やつの耳元に向かって語りかけた。
は、とする気配。

「そう…KIDは今日でおしまい。もう二度と現れない…」

無機的に呟く声が言い聞かせる口調だった。

「そしてお前はもとの普通の生活に戻る」

「もとの…」

「皆に夢を見せるマジシャンになるんだろ? 黒羽盗一の息子の、黒羽快斗」

囁きが返る。
「…知ってたの」


「俺を誰だと思ってるんだよ? お前はお前のやるべきことをやりとげたんだ。もっと喜べよ」
言おうかどうか迷ったけれど、
「お前が来なくて、ちょっと寂しかったんだぜ…?」
とつけたした。普段の俺だったら絶対に言わないせりふだけど、今を逃せばもう言えない気がして。

KIDがようやく顔をあげ、俺を見つめた。目が赤く、無茶をしたんだろう、あちこちに傷をつくり、少し嬉しそうな、けど泣きそうな顔で、それで俺は素直に気持を伝えることができた。

静かに微笑って、そして告げる。

「お前と知り合えて、話ができて、側にいてくれて、よかった。ありがとう…KID…快斗」


そう言い終えた途端。
心臓を濡れた冷たい手でわしづかみにされたような、あの発作がやってきた。


なんてタイミング。
苦しい顔をしていたらしい俺を、いつの間にかKIDがかわりに抱きしめ、叫ぶ。

「新一!」


肩越しにのぞく紅い花が、血の色にも、紅い雪のようにも思え。
目の前をちらちらする白い衣装に紅い色。


「…っ、…!…新一…!」

KIDの声が、次第に細く小さくなり、俺の名前を最後に、遠くに消えた。





紅い色と白い色。
意識が深く沈んでも、目の裏にそれが残っていた。
































(04,05,02)
うっわーどうしようこれ。(お前が言うな。)
一応続きもあるんですけど。どうしようか、ほんと。
やっちゃった感があります。
なんかすでに逃げ出したい気分。。
これ、いつかサイトから消そう…(決意)
今は数が少ないから、ね。(いいのか)


っていうか、反動でギャグが書きたいかも…(-_-)


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