なあ。俺が今こうやって、必死でしがみついているものって、なんなんだろうな?

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]デーの前夜

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「最初の方は元の姿に戻ろうって必死だったけど、いや今でも確かにそれは第一の目標なんだけど、なんか違う気がする。」
そういってみたら、あいつは笑った。
「名探偵でもそんなこと、考えるんだな。」
ちょっと馬鹿にされたみたいで睨んだら、頭をなでられてまた微笑まれた。
俺はなでるなよ、って怒ってからなんだかおかしくなって、前を向いた。
「もう最初から迷ったりしないって思ってたからさ。ごめんね」
…そんな風に言われちゃ、怒れねーよ。 工事中のビル、剥き出しの鉄骨の上で、二人並んで座ってる。
ちょうどやるべきこともすべて終わってて、時間が少しだけあったから。
キッドは怪盗の姿ではないけれど片眼鏡だけはつけていて、俺だって親父の眼鏡をかけている。
お互いに最後の一線だけで正体を隠して、でも本当は隠す意味はないってわかってる。
「弱気になるなよ、名探偵らしくないぜ。」
「俺だって、そんなときぐらいあるさ。お前俺を何だと思ってやがるんだ。」
「えーと、可愛い小学一年生」
「蹴るぞてめー。」
そんな軽口を隣に向かってぽんぽん交わして。
また俺たちはだまる。
夜だからあたりは暗い。
それでも足の下の都会は、墨で塗った紙の上に適当にガラスの粒をまいたみたいにいろんな色が光ってた。
風が温い。
白い月が上って二時間ほどたった。
ゆるやかに穏やかに、光ってた。
「さっきの話だけどさ。」
おもむろにキッドがそう言い出す。
「あれな、きっと名探偵は頭のどっかで今のままでもいい、って思ってんだよ。今、それなりに自分の周りは平和じゃん?俺たちが立てた計画はわざわざ自分から喧嘩売りに行くようなもんだしな。」
俺は黙った。考えてみる。
蘭やおっちゃんがいて。
少年探偵団の仲間がいて。
警察にだって子供扱いしない佐藤さんや高木さんがいて。
味方だと思える人間がこんなにいる。
そしてそれは江戸川コナンという一人のこどもが築き上げた人間関係なのだ。
明日にはいなくなる、偽りの子どもが。
言葉を選びながら、ぽつりぽつりと言ってみた。
「罪悪感って言うのとは少し違うけど。今日いろんなやつらと別れて『江戸川コナン』を消したこと、後悔するかもしれない。そもそも俺ってやらなきゃよかったって思うことたくさんあるんだ。いっつもやってからやんなきゃよかった!ってな。『コナン』のこと…もとの姿に戻ってから懐かしいな、って思うんだろうな。今日だってもう会えないってわかってて、またな、って手を振るのは苦しかった。」
だからせめて笑顔で別れようと思ったけど。
無理だった
俺がそもそもこの姿にならなかったら関わりのなかった人たち。

俺は、もう後悔してるのか?
別れを告げてしまったことに。
それとも、迷っているのだろうか。
これからすることに。

「俺、何度もキッドをやめようと思った。」
黙った俺にキッドが言う。
「最初にキッドになったのは親父が何でそんなことしてたのか知りたかったからだ。パンドラのことを知ってからは、やつらにだけは渡しちゃいけないって思ったな。それでも、馴染みの警部とか、大事な幼馴染がキッドのことで苦しんでんのを見るのは正直、辛かった。」
それは紛れもない彼の本音なんだろう。
「お前と違って俺には選択肢があったからな、そこのとこはお前よりかはラッキーだった。お前の場合、失うものが多すぎるもんな。」
そこで「お前だってそうだろ」と茶々を入れる。
お前だって、キッドをやることで失ったものがあるだろ、と。
キッドは苦笑してまた月を見上げた。
「けどやめたい、と思っても、ここでやめたら後で後悔するだろうなって。そう言い聞かせて今日まで続けてきたんだ。ほとんど意地。それに悪いことばっかじゃなかったぜ。俺は一応何回かやつらの計画を邪魔してやったしな。」
くつくつと笑う。それにあわせて肩や髪が揺れた。
「お前にも会えたし、な?」
「言ってろ、ばーろ」
二人で座って、他愛もないおしゃべりをする時間はなぜか心地よかった。
窃盗犯という犯罪者と、昔まつりあげられていた探偵と。
俺たちの関係は敵だったはずだ。
でも、今は一番信用してる。協力者として、仲間として。
そして明日には俺たちはどうなる?


俺が元の体にこだわったのは、そこでの人間関係を失うのが俺にとっては重大な損失だったからだ。
でも、いまや『江戸川コナン』にも大切な人たちができてしまった。
俺が工藤新一に戻ったら。
喜んでくれる人と、悲しんでくれる人がいるんだろう。
灰原みたいに今のままで生きていくことだって、できる。
今の俺にとって、どっちが本当に大切なんだろう?


――そんなの、答えなんかきっと出せない。
どちらも大切。それならば。

俺はやっちゃって後悔するほうがいい。

「さて名探偵。明日のご予定は?」
「俺は…元の姿を取り戻す。そんでその後のことはそれから考える!」

俺は思っていたことをそのまま口に出す。

そしてキッドと目を見合わせて、笑った。



今はつき進むだけ。
明日になればなんとかなる。
心底そう信じたら、なりそうな気がした。












(05/02/05)
『キッドとコナン君と哀ちゃんが組んで組織をつぶしにいく前夜』です。
なんかキッドさんが偽者…うわー。
ま、しょせんはこういうのがすきなんです。斎木は。
前向き思考ビバ!コナン君がもうちょっと後先考える人間だったら作品自体が成立しないですけどね(笑)