あなたの傍に居られたら、ほかには何にもいらない。

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願い

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――キッド?
ああ、彼が呼んでいる。
鼓膜に届く彼の声は、まるで幼子が母を呼ぶときのようにどこにいようと快斗の耳にすぐに届く。そういうふうに設定されているのだとわかってはいたけれど、やはり彼の声は特別だ、とそう快斗は思った。
静かに目を開ける。浸っていた溶液の中はほどよく温かく調節されているので、外気に触れると少しばかりの寒さを感じた。
身体に繋がった幾筋ものチューブを手際よくはずしていく。軽く肌をぬぐってシャツとズボンだけを身につけ、キッドは足早にその部屋を出た。
めざすところは、ただひとつ。
長い長い廊下は、その部屋にたどり着くための唯一の道だった。照明がだんだん落とされ、薄暗くなっていく廊下を、キッドはひたすらに進んだ。途中、髪の長い女とすれ違ったのも、髪の長い男が嘲るような笑みを浮かべたことにも、キッドは気がつかなかった。彼らのことは些細なこと、もしくは道に落ちている小石のように気にも留まらない。それよりも自分を必要としている存在を強く求めていた。
自分を呼ぶ声がだんだん強くなっていくのを痛いほどに感じる。
――どこにいるの?いないの?キッドも、いなくなっちゃったの…?
泣きそうな声が直接キッドの脳に響く。
身を切られるような激しい悲哀の情が、これでもかと心に訴えかけてくる。
―俺が、××××だから。嫌われちゃったんだ…。
頭の中で勝手に制御が働いた。キッドは軽く舌打ちする。他人に頭の中をいじられるのは面白くない。特に彼に関することで制御が自動的に働くようになっているのが腹立たしかった。
だが、何よりもまず彼に会わなければ。
この壊れそうな心に触れなければ。
ついにその扉にたどり着き、キッドは勢いよくそれを開いた。暗く湿った室内にひとつだけ灯る明かりが目にまぶしい。
――キッド?
「キッド?」
現実の声と彼の思考が重なって、キッドを迎えた。
キッドは軽く礼をして、その部屋に足を踏み入れる。
「ほんとに…キッド?」
中央にぽつんと置かれたベッドの上に、小さな子供が座っていた。
はねた黒髪、痩せた身体の7歳ほどの男の子が。

こちらを見て信じられないと見開いた蒼い目がいとおしかった。
そっと近づいて、いまだに信じられない様子の彼の手をそっと握る。
「ここにいますよ」
彼の両目に涙が盛り上がり、あふれおちたところをキッドの唇が拭い取る。やさしくキスをされながら、子供はいっそう涙をあふれさせた。
「…っ…もう、俺はお前が来てくれないかと…っ」
しゃくりあげながら必死にシャツのすそを握り締める子供をキッドはただただ抱きしめた。
「あなたが私を呼んでくれるのなら、私は何もかも放り出してあなたに会いに行きますよ」
「ほんとに…?」
弱々しい声。守らなければならない声。愛しい、声。
「ほんとうです」
息を切らして、指を冷やして、すぐにでも。
「あなたが眠るまで、離れませんから」
報われなくても、結ばれなくても、心のすべてを貴方のために。 この胸の中にある限りない愛情をほんの少しだけでも伝えられたら、子供を安心させることができるのだろうか。
「……」
子供の返事はなかった。
胸の中の小さな肩が小さく震えていた。そっと手を添えて、優しくなでる。この両手が子供の孤独を癒すことができたなら。
そんなに嬉しいことは、ないのに。

「私がいます。傍に、います…」


それが私の幸せなんです。






(2006/02/15)
ドリカムの「やさしいキスをして」を聞きながらどうぞ。
ってか解説ないとわかりませんよね…
前提として「子供」=コナン=パンドラ(文中での××××)の力を持った人。
キッドは組織と戦っているうちに一度命を落とし、「パンドラ」の力で息を吹き返します。ただしすべての記憶を失っており、唯一惹かれたのがコナンくんであるという設定です。
コナンくんのほうはパンドラの力を受け継いだときに組織の手に落ちて、幽閉状態です。弱くなっちゃってます。キッドを蘇らせたのもコナンくんです。

ってか、それを文章中で表現しなさいよ。(あいたた…)