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贖罪
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清い雲海の水へ、腕の中の身体をそっと沈めた。
血の染みのついた着物を一枚一枚、はぐように脱がせてゆくと、やがて彼を覆うものは白い寝具一枚になった。その隙間からのぞく、彼の白い身体についた、いくつもの紅い跡…。
更夜は唇をかんだ。そうして瞠目した。
こんなことのために連れてきたのではなかった。
こんな思いをさせるために、再び会いに行ったのではなかった。
「ごめんね、六太…」
涙があふれる。それは真下にある六太の頬に当たって、わずかに流れた。
六太は応えない。
当然だ、意識をなくしているのだから。
麒麟にとって血は何よりの毒、それを角を含めた頭からかぶったのだから正体をなくしているのは当たり前の話なのだ。
雁の麒麟である六太に、生きた人という枷をはめて、この城に留め置いた。
石を置いたときの彼の嫌悪の顔を思い出す。
石を置かないでくれと懇願したときの苦しむ顔を思い出す。
次いで再会したときの笑顔も思い出した。
彼には笑顔が良く似合った。
ずっと昔、妖魔と暮らしていた更夜には月の夜にしか出歩くことができなかった。
だからはじめてみたとき、幼いころに話に聞いた神仙のようだと思った。
そしてそれはあながち間違いでもなかったと、後でわかったことだけれども。
更夜にとって六太との出会いは、誰にも侵されることのない大切な記憶として残っていた。
あんまり妖魔と暮らしていて人の言葉をしゃべらないでいると、もしかしてあれは人恋しくなった自分が勝手に作り出した幻想なのではないかと思うときもあった。
そんなときはろくた、と母親代わりの天犬にはなしかけて。
寂しかったのだと気がついたのは斡由に仕えて人と交わるようになってからだった。
何よりも恩義を感じ、誰よりも忠誠を誓う斡由とは違う次元に、六太はいた。
初めて見た、月の光を受けて輝く金の髪。
彼の笑顔。
人の、好意というもの。
更夜という名前。
彼が考え、つけてくれた名前は太陽が顔を出すまでの、美しい時間だった。
その、六太が。
「六太、ごめん…」
ゆっくりと、顔を近づける。
まるで贖罪になるかのように、涙があふれて、止まらない。
青白い顔、痩せて動かないからだ。
腕に力をこめて、壊れてしまわないように。
触れた唇は冷たかった。
その冷たさに、ぞっとする。
―――ああ、これが。
犯してきた罪の報いなのだろうか。
fin
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(05/05/18)
ついにやってしまった十二国記。
わたくし、かなりの延麒ファンでございます。ええそうですとも。
そして陽子さん大好き。楽俊大好き!
小野先生、新刊を心待ちにしてますv