妹なんて、作りたくない。
それが偽らざる祥子の本心だった。

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彼女の朝
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お姉さまである紅薔薇さまこと水野蓉子さまは、顔を合わせば『妹を作れ』とおっしゃってくる。それでもなんとか笑顔で『わかっていますわ、お姉さま』と返すのがそろそろ限界かもしれない。
どこかにいる私の妹。
いったいどうすれば出会えるのだろうか。
リリアンの中で繰り返されるいくつもの別れと出会いは、祥子にはそのやり方すらわからない。
『貴方は妹を持った方がいいのよ』という言葉は祥子の中で大きな意味を持っている。自分のことを何より理解してくれるお姉さまの卒業が近づく。そしてそのお姉さまが祥子の妹を、と望むことの意味も。
赤薔薇のつぼみとしても、妹を作るべきなのは、他の誰より判っている。お姉さま自身が妹、妹とおっしゃるのは私のことを考えてくださってということもわかっている。…時々は、単にプライドの高い祥子がどんな妹を選ぶのかを面白がっているのではないかという気もするが。
おりよく新一年の中でも目立つ藤堂志摩子が祥子の気を引いた。容姿も際立っていたが、中身もしっかりしているし、リリアンの模範にふさわしいと思った。
先日ロザリオを渡そうとしたのは記憶に新しい。
そのときのことを思い出すと祥子の顔にはリリアンの生徒にはあるまじきしわが刻まれる。

志摩子なら大丈夫、と思うと同時に、志摩子でいい、と思っていたのも事実。
彼女は…志摩子は祥子の申し出を断り、佐藤聖さまの妹として白薔薇のつぼみになった。

志摩子と聖さまはお似合いの姉妹であったし、祥子を振ったからといって祥子と彼女たちとの関係が疎遠になることもない。
白薔薇姉妹成立の前と何も変わらない日常がすぎていく。
祥子の焦りだけをつのらせて。


焦ったってしょうがないじゃないの。
時々祥子はそう自分に言い聞かせる。
しかし、もともと多くのファンを持つ祥子だったが、彼女に話しかけて来る一年生はほとんどいない。
祥子も特に用があるわけでもないので交流を持たないし、祥子の周りには候補すらいない状態だった。
それを寂しいと感じたことなどなかった。…そう思っていた。
だが、ことここに至ってはそれが悩みの種だった。


昨日もそのことで悩んでいたため、眠っても目覚めがすっきりとしない。祥子はもともと低血圧だ。その日の朝も、頭のどこかはまだ眠りが足りないような、そんな感覚を抱いたまま送りの車を降りてマリア様の像に向かって歩き出した。
天気がいい。
今日は英語、国語、歴史の授業がある。放課後の山百合会の集まりではいよいよ十日後に迫った学園祭に付いての打ち合わせがあるはずだ。
ぼんやりと今日という一日が始まる、それを頭の中で描いていた祥子は、ふとマリア様の前で手を合わせている一人の生徒を見た。
肩くらい長さの髪を二つに括った少女だった。その少女のタイが、ほんの少し、曲がっていた。彼女は自分では気がついていないのだろう。実際、そこまでひどいわけではなかったが、彼女が教室にはいった後でそのことに気付く前に直したほうがいいのではないか、そんなことを考えているうちにその子はお祈りを終えて立ち去ろうとしている。
反射的に呼び止めた。
「お待ちなさい」
振り返ったその子は目と口を大きく開いている。
「何か私に御用でしょうか」
その子は動きを一瞬止めた後で、再び動き出した。面白い。
「呼びとめたのは私で、呼び止めた相手はあなた。間違いなくってよ」
はい、と鞄を預けてその子のタイを結び直す。他人のそれを結ぶことは余りしないのだけれど、うまくできたので祥子は少しいい気分になった。
「身だしなみはきちんとね。マリア様が見ていらっしゃるわよ」
そう言葉をかけると、祥子は鞄を取り換えし、校舎に向かって歩き出した。
そうしてから、今の子の顔をよく見なかったな、と思う。しかしとくに美人というわけではなく、普通の子だったような気がする。髪がツインテールだった。そうだった。
そして祥子の思考は一時間目の英語へと移っていく。
二年生の廊下に入る頃には、赤薔薇のつぼみの小笠原祥子として目が覚めていた。
さっきの子の顔はもう思い出せなかった。



END



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(06/09/17)
出会いの場面より。ナチュラルにひどい祥子。
あんまり検証してないので間違ってたらごめんなさい。