禍蛇と神官 1 



「聞いてよ神官ーっ!」
ばたーんと大きな音を立てて扉が開いた。
「ナニ…」
寝ぼけ眼で寝台の上に起き上がる少女…神官。
対する黒髪の子供は禍蛇といった。妖である。
禍蛇と神官は過去にはいろいろあったが、今は同じ片思いの身だからか、気が合うのだ。
禍蛇は一度気に入った人にはとことん懐く。神官とて今までいなかったタイプに戸惑いはしたが、今では心の中では禍蛇の存在を受け入れていた。素直では無い性格が邪魔をしてなかなか伝えられないが、神官は神官なりに禍蛇のことが好きなのだ。

「あのね、琥龍がね…」
禍蛇が嬉しそうに話す想い人。その口調から心底好きなんだねえ、なんて思ってしまう。
神官から見れば、禍蛇は琥龍にはもったいないのだ。
イイ奴なのに…男の趣味は変。


「神官、聞いてる?」
「はいはい聞いてるよ」


いつの間にか、そばにいる。
一緒にいて楽しい。
これがトモダチってものなのだろうか。







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禍蛇と神官2 




廊下の途中で火月に呼び止められた。
「あ、禍蛇、神官知らない?」
「へ?そういや、さっき裏の池のあたりで見たよ」
でもなんか珍しいね、と言うと火月は、
「『先生が探して来い』って言ったから…」
だって。とたんになんか火月の顔が沈むし、空気はじめっとなる。わかりやすい反応だなあ。
火月は心配なんだ。だって神官はアリマサのことが大好きで、アリマサも実の妹だからってんで神官には甘いから。
昔はもっといろいろ激しかったな。二人でアリマサを取り合って喧嘩したり、家出したり。
アリマサの困った顔を見て「コイツも人間なんだな…」なんてしみじみ思ったのを覚えてる。
だって二人とも、アリマサの『トクベツ』だもんね。
何年もたって、やっと二人も落ち着いてきたけど。
でも火月は神官のこととなるとおもしろいほど前みたくおろおろしちゃうんだよね。
でもさ、もっと自分に自信もっていいと思うよ?
なんたって琥龍の『トクベツ』なんだから。

…ちょっとだけ、胸が痛い、かも。
「も〜火月ってば」
わざとのように声を上げて、火月の背中をばしっと叩く。痛そうな顔をする火月に、
「アリマサ、はやく行ったら機嫌よくなるかもよ?」
と囁いた。
「そう…かな」
ぱっと笑顔になって、それからありがと、と言って駆け出す火月。うん、やっぱ火月には笑顔が似合うよ。
火月はオレの『トクベツ』だからね!



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火月と神官




「…あ」
そんな驚いた顔しないでよ。声かけようと思ってたんでしょ?


火月は嫌い。
アリマサを独り占めしてるから。
でもま、こう何年もたったら神官にだってアリマサがどっちを選んだかくらいは分かるよ。
…悔しいけど。
「あの…神官、先生が呼んでた」
だから、そうびくびくしなくったっていいんだってば。
アリマサに選ばれたんだからもっと堂々としてろよ。
腹立つな、もう!
「…わかったよ」
立ち上がると、火月を見た。
さらさらの金髪。
整った顔。
未分化だけれど色気を放つ身体。
泣き虫な性格。

アリマサの、選んだやつ。

やっぱり、神官は火月なんか嫌いだよ。





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禍蛇と神官3 




琥龍と禍蛇がケンカした。
原因は、火月。


「いっつも火月火月って。いい歳こいてガキなんだよ」
「まあね」
酒瓶片手に禍蛇が愚痴る。すでに相当酔ってて、それでももっと、と強請るから神官は逆らわずに注いであげた。ただし、ただの水を。でも禍蛇は気付かずに飲み干した。…もう泥酔に近いってコト。
「火月はお前のかーちゃんかっての。あれは恋っていうより執念だよ!お母さんをアリマサにとられたくないーみたいな」
だん、と勢いよく杯を置いて熱弁をふるう禍蛇。
「とすると、アイツ…マザコン?」
「ぶはっ!」
なにげなく神官がつぶやいたら、それは禍蛇のツボに入ったらしい。愚痴モードから一気に爆笑しだして、目は潤んですらいる。
後を引く笑いが治まりかける頃に禍蛇はぽつりと言った。
「いーかげんあきらめたらいいのにな」


どっちの意味で言ったのか、神官にはわからなかった。
だけど、これだけはわかった。きっと禍蛇は求めてるんだ…泣き場所を。



イイよ、禍蛇。
今だけ神官は怒ったりしないから。







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アリマサと一緒


「アリマサいる〜?」
「…酒臭いぞ」
「えへへ、細かいことは気にしない気にしない!」
戸口のところからひょこ、と頭だけをのぞかせて、紅牙の子どもが話しかけてきた。もうずいぶん飲んだのか、言動も怪しいが足取りも怪しい。
またあのサルや種香、小里と一緒に酒宴でも開いたのだろう。それで酔っ払って絡みにきたというわけか。
あの火月だって仕事中の私を邪魔したりはしないのだが。
「何か用か」
「ちょっと顔でも見ようかなって思って〜」
意識して冷たい声を出したが、この子どもは一向に介さないらしい。介せよ。
上機嫌で、巻物を広げていた私の横に座った。
「あのね〜神官がね〜、あんまり飲むとアリマサんとこに連れてって叱らせるから、なんて言うのー」
「…なんだそれは」
「だってアリマサ怒ったら怖そうだもんネ」
へへっと笑うとその本人を前にしているとわかっているのか、だいたい第一印象悪かったし〜などとしゃべり始めた。
子どもは苦手だ。どうも私の顔が威嚇しているようで怖いらしい。子どもに泣かれることはあっても懐かれることなどめったにないので、正直私はこの子どもが苦手だった。
いつもはサルと一緒にいるから気にならないが、こうやって一対一で話すことすら稀だ。
しかしこの子はいつのまにか、館の住人のすべてと打ち解けていた。式神たちはもちろん、火月も神官もこの子に心を開いている。特に神官はこの子が一緒にいるようになってからずいぶんと落ち着いたものだ。
邪険にするのも、悪いか。
ふとそんな気になったのは、生意気だが憎めない、この子どものせい。
「も〜やっぱアリマサが火月にラブラブだからさあ、神官も琥龍も不機嫌になんの」
「知ったことか」
「でも火月もアリマサ大好きだからね、俺はそんな感じが一番いいの!」
「おい…」
もはや自分でも何を言っているのかわからなくなってきたらしい。なんだかよくわからん寝言をつぶやき、床に倒れこもうとする子どもを思わず手を伸ばして支えた。
そのままむにゃむにゃと眠る子どもをしかたなく寝所まで運ぶことにする。
みんなに愛される子どもの、影響力の強さに苦笑して。


「…アリマサぁ」
「なんだ」
「さっき琥龍が火月にセクハラしてた…」
「…それを早く言え」


たまには、いろんなやつと話そう。