だってお人形を使った遊びなんて、小さいころにしかやらないでしょ?





   独 り 遊 び







『ねえ、あの子まだ?』
まっすぐで長い黒髪の女の子が、向かい合って座る青年に訊く。
「まだだよ、青子ちゃん。もうちょっとじゃないかな」
その人はちょっと笑って、今快斗もがんばってくれてるだろ?と目で彼女の背後を指した。
『快斗、遅い…』
『文句ゆーなよな、青子。せっかくこの俺がお前の髪をわざわざ結んでやってるんだから』
『だって快斗くらいしか頼めないんだもん』
ぷっとほっぺたをふくらましている青子はとっても可愛い。
服装もいつもよりも女の子らしいもので、いつもと違う雰囲気なのだ。
青子の後ろで彼女の髪を三つ編みにしていた少年は、ちょっと不満そうに口を尖らせた。
『おまえ人に頼みごとしといてくらいとはなんだよ、くらいとは』
「まあまあ快斗、しょーがねーだろ?青子ちゃんも楽しみにしてたもんな。今日の約束」
『うん!またあの子に会えて嬉しいよ。ありがと、新一くん』
にっこり笑う青子に、正面の青年も微笑んだ。
「それは良かった」


KIDという夢の街には、現実世界では意思を持たないもの達だけが住んでいる。
現実世界で骨董品店を営む人間の新一をはじめ、いくらかの例外はあるものの、KIDには主に古い雑貨や家具や人形たち――つまり、人の近くに長い間い続けたもの達がいすわっているのだった。
ならば、ただの人間はここを訪れることはできないのか?
いや、方法はある。
あるが、彼らは彼らだけではここにくることはできない。距離の問題ではなく手段の問題なのだ。人間の多くは、意識的にここを訪れるどころか、ここの存在にすら気づかない。
だが。彼女は違った。

『私、会いたいのよ』
その声は新一が眠りにつく直前に、はるか遠いところから直接聞こえてきた。
そのどこか必死な声が繰り返す。
――会いたいの。会わせて。お願い、光の魔人さん。
新一は虚空に向かって語り返した。
――わかった。必ず、会わせるから。
   だから待っててくれよ?

切なる願いは空間を超える。
いつものルートとは違うけれど。
その子の願いをかなえてあげたい、そう、思った。








『…ほら、できたぜ青子!』
『ありがとっ』
はしゃいで振り返った拍子に青子の髪がふわりと揺れる。
長い髪の毛は多少ゆがみはあるものの、綺麗に二つに編まれていた。
意外と器用に使命を果たした快斗はそこはとなく満足げである。
「似合ってる」
『ほんとに?』
『おう。俺がやってやったんだからとーぜ』
『快斗には聞いてないもん』
そう言い合いながらも自然体で過ごす二人は、長年この骨董品店にいる一番の古株同士だ。
当然、新一との付き合いも長い。
快斗も新一も、青子がこれから会いに行く相手のことを良く知っていた。
青子が懐かしそうに語る女の子のことを。

「連絡はまだだけど、そろそろ行こうか?」
『うん』
『じゃーな、青子。楽しんでこいよ。その間俺が新一と二人で過ごすから』
『ずるいー』
「はいはい。どーせならなんか飲むもんでも用意しとけよ」
『えー、もう人使い荒いぜ、二人して』
『行って来ま〜す!』
元気に手を振る青子と新一を見送ると、快斗は誰かさんのためにコーヒーを入れる準備に取り掛かった。
彼のためのコーヒーと自分のためのカフェオレ、そして彼女のための空のカップを用意して。
『がんばれよ、青子』




長い長い廊下を二人、手をつないで歩く。
何もない壁は、ふと目を開ければ存在さえわからないような白。
床との境目だけがはっきりと目に映る。
『今日ね、本当は、行くかどうか迷ったの』
下を向いた青子の唇からそんな言葉が聞こえてきて、新一は隣を見た。
『だって、青子を暗いところに放っておいたの、あの子なんだよ?』
広いけれど光のまったく入らない、屋敷の片隅の部屋。
そんな一室で青子はほこりをかぶっていた。
『あの子が私を望んで、それであの子だけ大きくなって、私を置いていったの。私、あの子が小さいときよくあの子の話し相手になったわ。
あの子、いろんなことを話してくれるの。
楽しかったことも辛かったことも。二人だけの秘密、て言って』
「…うん」
それは一人の少女が、大切な自分だけの人形にささやく言葉。
…独りきりの、遊び。
『みんなそうだっていうのはわかってるの。私成長しないし、おしゃべりもできないわ。だって私、人形なんだもの。でも…』

本当はあの子と一緒に生きていきたかった。

青子の眼から涙が零れた。
下を向いて、感情を殺して。けれど止まらない想いにどうしようもない。
立ち止まった二人の先に、いつのまにか小さなドアが見えている。

さしだされたハンカチは優しくっていい匂いがした。
頭をなでてくれる手が穏やかな気持ちを取り戻させてくれる。
「青子ちゃん。あの子のこと、恨んでる?」
静かに訊かれて青子は考えた。
『ううん。…もう、いますぐ会いたい』
ただもう、会いたい。今頃になって会いに来てくれて、嬉しい。
昔伝えられなかったこと、伝えたかったことを自分の口で直に話したい。
…青子って名前をつけてくれてありがとう、紅子ちゃんって。

目の前の人は優しい。
あの日青子や快斗を光の中に連れ出してくれたときと同じように慕わしい。
青子は泣くのをやめて、新一を見上げた。
そしたら、優しい人は真にほしい言葉をくれる。
「あの子も言ってたよ、青子ちゃん」
『なんて?』
目いっぱいお洒落して、快斗に髪の毛も結んでもらった、人形の青子。
微笑んで告げた。彼女の言葉を、そのまま。心まで伝わればいい、そう願いながら。
「『青子に会いたいの』ってね」
『…私も!』
ようやく笑顔になった青子と、もう一度手をつないでドアに近づいていった。
木製の古めかしいドア。
脇にはこれまた古めかしい電話。
二人がドアにつく直前、その電話はりんりんと鳴り出した。
新一が受話器を取って、耳に押し当てる。
そして青子に向かって笑った。

「行っておいで?」



ドアの向こうは、色のある世界。















(2004/12/27)
くあー!素直な青子ちゃん、書いてて楽しかった(笑)
マジいいコだよ、青子ちゃん。
なんか快新色が書くたんびに薄れていく気がします…
でもこれはこれでいいよね。いいのか。(←自信なし)

ここでは紅子は青子人形の持ち主です。
新一の言ってた普通のルートも書きたかった…でも長くなりすぎるしな。

…ひたすら趣味に走ってます

この骨董品店のやつ、書きやすいんです。(きっぱり)