時 計 兎






ぱちり、と手中の時計の止め金を外す。

黒光りして規則正しい音を刻む時計は、随分な年代物だ。

蓋の裏に彫り込まれているのが一匹の兎。
それをそっと撫でる。
流線型に描かれた兎は一匹だけで、それでも優雅に上を見上げていた。
そう手間をこめられたものでもなく、むしろ蓋の裏なのだから職人の遊び心によるものかもしれない。


どこかの国では月に兎が住んでいる、などという伝承があるとか。
だからこの兎を見ると彼を思い出すのかもしれないし、はたまた単にそれが彼の置き土産だということからかもしれない。

どちらにしろ、蓋を開けると文字盤よりもその兎に目を奪われてしまうのが新一の常だった。
いつまでたっても捨てられずに、今にいたる。


そもそも骨董品店を営む自分に思い出ある品物を捨てる発想など、思い付いても実行できるはずもない。
がらくたに見えても、一つ一つが違う歴史をもち、様々な人間とかかわってきたのだ。
彼らが自我をもつには相応の年月を経、愛情をもって接されることが絶対条件である…。



そもそも『彼』がそんなふうに定めた、そのことを新一は覚えている。『彼』がもういなくなってしまった今でも忘れない。忘れられない。

この街は『彼』が創ったものだ。
満月の夜にしか存在しない、モノたちの夢の街。
創始者の名前を取ってKIDと名付けられた街を。



街に二つの鍵と扉、そして時計を残して『彼』は去った。



くすり、と新一は笑う。

この時計を止めようと思ったのも一度や二度ではない。



時計を止めれば、もしくは…鍵で扉を開ければ。


しかし時計を手に取り、蓋を開けて、兎を見る。
兎は変わらずに、優雅に、孤独に、上を見つめている。
兎の目線の先にはいったい何があるというのだろうか。
知りたいと思ってもそれは無理な相談だ。


結局『彼』はここにはいないし次に会うとき、それは用事が終わって街が終わるときだから。



すべては彼の思惑通りなのかもしれない。







時計の蓋を閉めた。
止めてはならない時計…開けてはいけない扉。

開放されたい鍵たち。
夢を見たいものたち。

兎が見ているのは、なんだ。








「・・・」










もうしばらく、とっておいてやる。



軽く時計を睨み付けて新一は三時のコーヒーを飲むべく立ち上がった。



















2004/10/02
ああ、難しいです…。
会いたいような、会いたくないようなそんな感じを兎の見え方に
託したかったんです。が。
書きたいことがあって、それをうまいことお話に盛り込んで
いければいいんですけど…ついつい説明的になっちゃったり
くどかったりで気に入らなくなっちゃうんです。
それで試行錯誤するので恐ろしく話が遅い。(- -)

『彼』がだれだかもうわかりますよねー。
え、わからん? 前の方ですよ、前の方。

てなわけで…遅くなってごめんね、てへっ☆(←やめろ)



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