十字架














この神の象徴の形だけが、自分の罪を断ち切ってくれると、思っていた。













何故だろう?


死ぬ、と思った。


死んでもいい、と思っていた。


目の前の相手から、それほどに恨まれている自覚はあった。
自らの手で相手を追い詰め、ついに引き返せないところにまで二人して立ったとき、ここが死に場所なのだ、と頭のどこかで冷静に考えていた。


おれを見据えて立ち尽くす相手に内心だけでそっと謝り、剣を握る。


両刃の剣。
相手が自分を殺したいと思えば、刺し貫く剣を持った自分も間違い無く死ぬ。
そういう、十字架を模した形の、剣。



敢えてそんな剣を使ったのは、どこかで死にたいと願っていたからか。

この裏切りを購うには命を、と思いながら、自力では死を選べない自分を知っているからか。

彼なら、自分を殺してくれると思っていたのだろうか。

裏切りの完成の直前にであった、彼ならば。




初めて逢ったのは、怪我を負って意識を失い、そしてまたあの夢をみて飛び起きたとき。
混乱したおれの背中をゆっくりと撫でる手を感じて、心の底から安堵したのをはっきりと覚えている。


その手はおれの背中で優しく動き、未だ現実を認識できないおれを次第に引き戻していった。
何度も擦ってくれたところがじんわりと温かくなった。
愛撫にも似た優しいそれは懐かしく、けれど顔も思い出せない誰かを思わせて。
彼に出会ってからというもの、
心臓が鼓動を刻む度に、
皮を剥いでいくように、
心も殻を脱ぎ捨てていくのを感じていた。


冷えていた気持ちが、温かくなる。


そうして初めて、纏っていたものが氷のように冷たい、疑心や不安だということに気付く。


自分に差し出される、なんの打算も企みもない温かい手。
それはおれの願望を如実に表した夢でもある。
おれはこんな温もりを知らない。
けれどおれはずっとこんな手がほしくて。
ほしくて。
そう思っていたら、目の前に彼が現れたのだった。
白い肌に黒い髪。

おれと同じ、蒼い瞳の、綺麗なひと。




『新一』





実際におれのしたことと言えば、彼の好きな人を奪い、孤立させ、彼の生活をめちゃくちゃに乱して、苦しませたこと。
みるみる憔悴していく彼を見ながら、確実に近付いてくるこの日をずっとどこかで恐れ続けた。


初めて彼の手に温みを感じたときから、おれの中で一つの言葉が回り始めていた。



おれは裏切る。


おれになんの下心もなく延べてくれた、彼の手を振り払う。



もしかするとこれが怖くて、おれは彼をひどく傷つけたのだろうか?

おれが裏切る前に先に彼が手を離してくれるように。

おれではなく、彼が先に手を離したのだと。

そう思う方が楽だから…。


だとしたら、おれは本当に、自分のことしか考えていなかった。

渇いた苦笑が漏れる。

その声が自分の口から出たものとは思えないほど虚ろに響いて、しかし相手には届かないようだ。



「しん、いち…」



大切に、名前を呼ぶ。



死なせたく無い。

殺したく無い。

けれど…。



どちらにしろ、向かい合って立った自分たちの間にはそれまでの、ぬるい気持なんて、無かったはずだった。

おれは剣をもって彼を待ち受け、彼は信じていたものに裏切られて、ここへ来た。



そう仕向けたのは自分。

彼がそれと悟るようにも細工もした。

死ぬ前に思い付く限りのことをして、そして彼を待っていた。





…もうすぐ、剣という天の裁きが俺に下される。



新一は――天の代理人に相応しい。







目の前の彼が幽かに微笑う。

そこにあった感情は、今となってはもう知ることができない。





見合う相手の瞳に負の感情を確かに認めたと思ったのだ。


彼は自分を憎んでいるはずだった。


おれがいなくなれば、と少しでも思っていたに違いないのだ。




そして、それでおれの死には十分なのに。







「快斗」



彼の声が、耳から消えない。










吹き抜けていく強い風が、ある瞬間の物音全てをさらってゆく。




そして巻き上がる砂埃が収まる頃。





おれは死んでいない。




たった一人、剣を持って立ちすくんでいる。




嗅覚が捉える、自分のものではない血の臭い…。




足元には、血だまり。




その中に、伏して動かない姿が一つ。








何故?


どこで間違ったのだろう?









どうして…どうして、自分ではなく、彼が。


















「あ…」




手が、震える。




派手な音を立てて、紅い色のついた剣が足元に転がった。








『快斗』








無性に彼の声が…聞きたかった。








叶うことなら彼の声にこそ、断罪されたかった。








彼が恨んでくれさえすれば、おれはその想いだけで死ぬことができたのに。






「しん、い、ち…」




























うっわくっらー。
しかも名前なかったら快新に見えないー(涙)
(あってもみえないって)
これだいぶ前のなんですけど、なんか管理人、当時気分が追い詰められたらしいですね。しかも何気にある話のサイドストーリーだったりして。
でももういろいろ間に合わないからアップ。

こんな記念日記念でごめん!キッド様!



(2004,04,12)
微妙に、さりげなく(をよそおって)書き足し・修正を行ってるのに誰か気づいたでしょうかね(汗)
だって気に入らないものを置いていたくないもんで…
わがままな管理人ですんません〜m(_ _)m






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