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憧 れ


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暗い暗い闇の底。

もう何年も開けられることのない扉の隙間から、わずかな光が差し込んで、細い光の筋を作り出している。

そんな光でも、十分に闇に慣れた目には、この部屋のほとんどを見渡すことができた。



壁の棚に並べられた大小さまざまな小物類。



ほこりをかぶった壷など。



ガラクタのように箱の中に乱雑に納まっている、子どものおもちゃ。



この部屋は、この家の先代の主人が趣味で集めていた骨董品や、その他要らないものを集めておいてある場所だった。

広い一室を埋め尽くすほどのそれらは、しかしもう顧みられなくなって久しい。

当代の主人は広大な屋敷の一室が使えなくても気にしていなかった。

そこにあるものの処分も、部屋の掃除も、面倒なだけで特に得るものなどありはしない。

ほうっておいてもなんら困ることはない。






そういうわけで、もうずいぶんと長い間、その部屋の扉は開かれずにいた。


しかし、確かにそこには異常があったのだ。








(…もう一度…空が見たい)


音ではない音はこの部屋の隅のほう、もとは窓であったところの近くから聞こえてくる。

雨戸が閉ざされてより暗い闇を作り出すそこには、一体の人形が壁に寄りかかっていた。

彼もまた、遠い昔、小さな少女の友達であった。

だが彼はきれいな部屋にきれいにされて飾られているのに飽いていた。




跳ねた癖っ毛に、濃い色の瞳。


丁寧に作られた、少年の姿の人形。


元は白かった肌は汚れ、着ている服はきばみ、全身にほこりをかぶってなお、人形は願う。


記憶によみがえるのはずいぶんと以前のこと、人々の笑顔、楽しげな笑い声…。

そして特別に外に出してもらったときに見た、

蒼い、抜けるような空の蒼がもう一度見れたら―――


どんなに満ち足りた気持ちになれるだろう?



見える色が何もないために、一番印象に残っている色に憧れた。


少女に会いたい、きれいに飾られた部屋でもいいから外へ出たい、などといったさまざまな願望は長い年月の間にすっかり消えていた。

願っても、虚しい夢ばかり。


空の色が見たいというのは、唯一のこる…希望。


…期待はしない。


だが、これを捨てれば自分には何も残らない気がしていた。



(おれの、名前は)



呼ばれた記憶があまりにも遠い過去のため、大切にしていた自分の名前すら、忘れようとしている。




それは長い年月を経て心を持った彼にとってはひどく恐ろしく、耐えられないこと。




(空の、蒼―――)




もう色褪せ、ぼんやりとした記憶からそれを思い起こすことだけが、彼にできる唯一の思考だった。














そんなある日、彼は部屋へと向かってくる足音を聞いた。

この部屋の近辺にはめったに人が通らない。使用人すら通らないのだから、ここへ向かってくる足音など、最初は信じることができなかった。


次第に大きくなったそれは複数のもので、軽い押し問答の声すら聞こえてくる。



「…本当に、――ですか?」


「ええ、お願いします」


「しかし何故――」


その声を聞いたとき、なぜか彼は心が震えるのを感じた。

久しぶりに聞いた人の声にか、そうでないのかは自分にもよくわからなかった。



なぜか、この部屋に向かってくる、と確信していた。





鍵を選んで穴に差し込む音。



次に開いた扉に、入り込むまぶしい光に、この部屋の秩序が破られる。



何年もたまっていた空気が、闇が、光を浴びて浄化されるかのごとく消えてゆく。



代わりに夕暮れ時の、独特の空気が部屋に流れ込んでくる。





足を踏み入れることで舞い上がるほこりに、入ってきた三人の人間たちは少し口元を抑えた。



一人は当代の主人、一人は屋敷執事。




そして、見知らぬ残る一人は逆光で、よく見ることができない。






まぶしくて、けれど見ていたくて。









(見つけて――)



我知らず、人形は祈る。



聞こえないと知りつつ、無駄と判りながらも、そうせずにはおれなかった。



期待してもかなわない虚しさに、それをやめたのはずいぶん前だったのに。




ふと、その人物が向きを変えた。


明らかにこちらを向き、そして一歩、また一歩と自分に近づいてくる。


立ち居振る舞いから、その人物が男であることだけはなんとなくわかった。







(お願いだ、おれを見つけて…)








彼は目の前に立つと軽くかがみ、迷うことなく手を伸ばし、そして自分を、そっとやさしく持ち上げた。


温かくて白い手でほほを軽くぬぐわれ、じっと覗き込まれる。


こちらからは彼の背後がまぶしくって、なにも見ることはできなかった。


それでも懸命に彼の顔を見つめる。


心の昂ぶりを感じながら、何度もそうしてきたように、届かない願いをささやく。



(ここから、だして…)







その声が聞こえたのか否か、やがて彼は主人に向かってにっこりと笑んでこういった。





「この人形を買い取りたい」









向きを変えることでようやくみることができた彼の瞳は、
長い間、闇の中で憧れ続けた色をしていた。















そして、今。




同じくあの家から引き取られた十数点のものたちとともに、


『カイト』は、とある骨董品店の棚で微笑みを浮かべ、彼の『空』を眺めている。














カイトが人形で、新一が骨董品店の店長さんです。
骨董品店って暇そー…(偏見)

これより先に01の「人形」をアップしたほうがよかったんですが。
なんかこっちが先に準備できちゃったので(爆)
快…新?? (きくな) 大丈夫だよね?
管理人、実はパラレル大好き。




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