「では、今日のプランAよろしくお願いします」
「わかった。もしやつがこのルートならばわしはプランC−2だな?」
「ええ。僕はE地区にまわります」
「その場合は4班が加勢するぞ」
「ありがとうございます」
「ああ、彼らにも例のあれを支給しておくからな」
そのとき、現場では周到に練られた計画に基づき、怪しげな会話が交わされていた。
黒薔薇
――Dark ribende――
「うっ…」
世間を騒がす大怪盗、平成のアルセーヌ・ルパンと称される1412号…通称キッドは十日前に出した予告状を前にしてなにやら寒気を感じた。
なんだか嫌な予感がする。割と第六感の優れた彼は、危険に対する自らの判断に重きを置いている。
けれどなんだか寒気のたち方が尋常じゃなかった。まだ寒いぼがたっている。
いったい何がそこまで自分に警告しているのか…?
キッドはほんの一瞬予告をやめようかと思った。しかし、危険はもとより承知のうえだ。なにより本来の目的のために、予告を投げ出すわけには行かなかった。
事前にキャッチした情報によれば、今回はあの東の名探偵とロンドン帰りの白馬探偵が参加するらしい。
名探偵だけなら、よかったのになあ。くそう白馬め。(←心の声)
悪寒の原因は、おそらくそれだ。
予告状も出したし、十分に気をつけよう。
そんな結論を出して、キッドは一時間後の作戦開始に向けて最後の調整に入った。
「ふふふふ…今日こそキッドに目にもの見せてくれる!」
気合を入れまくる中森警部の後姿を眺めて、快斗は首をひねった。いつも無駄に気合を入れてる警部だが、なんだか今日の意気込みは特別な気がする。そしてなぜか二人の探偵の姿はどこにもなかった。
先ほどの嫌な予感もあることだし、なにか罠があるのか…?
考え込む快斗を尻目に、警部は「ちょっと15人ほど来い!」とかいって警備の人員を集め始めた。当然、このチャンスを逃さずに快斗も加わる。集まった顔ぶれを確認して、警部はウムとうなずいた。
「お前ら全員例のあれをもったな?」
(は?なに?)
「よし!なら行くぞ!」
うす!と体育会系な返事をすると彼らはやる気もあらわに問題の宝石のおかれた展示室へと向かった。
例のあれっていったい。
そんな疑問をぶつけることもできず。快斗はそのまま黙って警備をする人々の間に混じっていた。
(なんかの罠かな…?)
宝石を盗み出す算段を頭の中でしながらも、気になって仕方ないのは『例のあれ』。
なんなんだいったい。できれば事前にその正体を見極めたいところだったが、なにか彼らが特別な装備を持っているとは思えない。
「よし!予告五分前だ!各自、配置について気を抜くなよ!!」
中森警部の怒号が響き渡る現場には、緊張の空気が張り詰めている。
(なんかよくわかんねーけど、邪魔はさせないぜ?)
快斗は心の中でにやりと笑むと、カウントダウンした。
(3、2、1…)
「0!」
瞬間、一切の照明が落とされた。
暗闇でもその宝石は美しく輝いていた。暗視スコープをつけたキッドにはその様子がよく見える。突然のことに周りの警官たちは対応できずにいるようだ。すでに仕込んであった怪盗キッドの衣装を翻し、キッドは鮮やかに宝石のそばへと寄った。
(楽っ勝〜♪)
堅いプラスチックの覆いもなんなく取り去り、キッドの手にその宝石が握られた、その瞬間。
カッ!
「!?」
強い光に照らし出されたキッドはぎょっとした。
いつのまにか警官に囲まれて、部屋の中央に孤立している。それだけではなく、囲んだ警官の全ての手にあるものがあった。
おびただしい数の、黒バラ。
(げっ…)
思わず漏れそうになった声をあわてて飲み込み、キッドの目は退却路を探してさまよった。
そのわずかな隙を逃さず、警官たちはあらかじめ打ち合わせてあったとおりの台詞を口にした。
「「「「「ごきげんいかがですか、怪盗キッド…?」」」」」
そろいにも揃って強面、仏頂面、渋面。
体格のよろしい男たちがむさくるしく暑苦しく低いだみ声をそろえて、この台詞。
手の中の黒バラの花言葉は、
キッドの全身に鳥肌が立った!
(う…うひぃぃぃ!!)
心の中で絶叫をあげて逃げ出したキッドを、多くの男たちが追った。もちろん気障ポーズである(笑)
「はあ、はあ、はぁ…」
荒い呼吸を整える暇なく、キッドはハングライダーを操作した。なぜかここに来るまでもちょうどいい場所に配置された警官たちが、やはり気障な台詞とポーズで自分を追ってくる。キッドのやる気とか生気とかを吸い取るのに効果はバツグンだった。
自分でやる分はいいが、あんなミスマッチ極まりない集団の前では本能的な恐怖が先立ってしまう。まさに視覚と聴覚の暴力である。
「う〜」
もうあと5分も持たないかもしれない…。
そんな今までになく弱気になりつつも、健気にも予告状に記しておいた中継地点へ降り立つ。もうほとんど帰りたかったがそこはプライドにかけてがんばった。バラごときにに負けたとあっては二代目怪盗キッドの名が泣いてしまう。見ててくれ父さん、俺、負けないっ!
だがその決心はそのビルの屋上に立つ二つの人影を見てしおしおとしぼんだ。
片方がやはし黒バラを差し出して、嫌そうに佇むキッドに向けて、挨拶をよこす。
「お待ちしていました、怪盗キッド。今宵もその純白の衣装が美しく漆黒の夜に映える…。まさに白い鳥のようですよ」
「ぐはっ…」
吐血したいような衝撃をこらえながらキッドは耳をふさいだ。
白馬の賛辞ははまりすぎてて逆に怖い。普段から気障な彼の台詞には慣れもあってか、暴力的なものはなかったが、なんとゆーか、生理的な恐怖がキッドを襲った。
今後白馬には近寄らないようにしよう。
キッドは固くそう心に誓った。
「いつもならここで君を捕まえるところだけれど、今日は『彼』たっての願いで、それはやめておくよ」
「『彼』…?」
そこで始めてキッドは白馬の隣に立つ名探偵を見た。
愛しい愛しい命探偵、工藤新一が…ああ、バラ似合ってんなあ。癒される。ってか美人!
一瞬にして気力ポイントを回復させたキッドは余裕たっぷりな態度へと戻る。
その工藤新一が一言も発しないままおもむろに手を動かし――バラを、投げた。
しゃっ!
しまった、名探偵に見とれてバラをよけきれなかった!キッドの手にわずかな痛みが走り、バラのとげがかすったことを知らせた。
「これに懲りたら、もうあんな嫌がらせをしないことだな」
「あんな嫌がらせ、とは…?」
「覚えがない、か?この前ウチに白い百合が大量に舞い込んできたんだけど?」
冷たい声でそう言った名探偵はふっと微笑んだ。
(あれか。喜んでもらえたと思ったのに…って、あれ…?なんだか、身体が…)
「そろそろ効いてきたか…?」
「まさか…」
「そう、俺の知り合いの某H女史が善意で作成してくれた、特製の痺れ薬だよ」
うわあ効果えぐそう。
さっきのバラにそれが仕込んであったのだろう。
「もうおしまいだね、怪盗キッド」
白馬も笑顔で近づいてくる。ちくしょ、力が…。
名探偵にならともかく。白馬なんかに捕まって、たま、るか…!
最後の力を振り絞って、キッドは閃光弾を炸裂させた。
その後しばらく、怪盗キッドの犯行が途絶えたことについて、中森警部は作戦の発案者の工藤新一にいたく感謝したとか。
キッドに向けて気障な台詞をはくのが警官たちの間でひそかにブームになったとか。
そんなわけでキッドの悪寒はしばらくはあたりまくるのであった。
Fin.
(2005/09/18)
はい、黒薔薇の逆襲編です。
この二人はきっぱりとキッドの片思いです。むしろそれを迷惑がる新一くん。今回はキレて逆襲に及んでましたが普段は無視の一手なのです。キッド…かわいそ(笑)
やたら長めになってしまいましたが、気が向いたらもう少し加筆するかも知れません。