時計塔の一番上、凝った作りの古い時計盤の横には小窓がある。
そこに小さな少女がもたれるように座り、沈もうとしている月を見つめていた。
夜明けが近いため、空はほとんど明るくなっている。
しかし辺りはまだ十分に明るくはない。
人は、眠っているような時間。
『次の満月は…29日先ね』
確認のように少女は呟いた。
茶色い髪が風に揺れた。
眼下には、眠りにつこうとする街がある。
先ほどまでは白い霧が街を覆い、空には異様に明るい満月が輝いていたのだ。
しかし月が最後の光を投げ終るときには――KIDの街はゆらめいて、次の瞬間に見えなくなってしまう。
「また29日たったら同じ光景が見られるんだぜ?」
なにたそがれてんだ灰原、と知った声がかかる。
からかう風でなく、むしろ不思議そうな響きだった。
「『同じ』じゃないわよ」
振り返らずに告げると、そうかーとかいう相槌と共に、すぐ横に誰かが立つ気配がした。
『同じ』じゃない。変化の無いここにいたら同じように感じられてしまうけれど、紛れも無く時間は流れている。
「江戸川くん…」
「なんだよ、灰原」
名前は存在を縛る。
違う名前を持つことは、己の持つ属性が複数あることを示している。
自分も、横に立つ黒髪の眼鏡をかけた少年も、KIDでは違う名前を持っているから。
…自分たちはただのKIDの住人ではない。
「なんだか今日は騒がしかったわ」
そういって足下の方を見る哀に、コナンは苦笑して教える。
「新入りが三人も来たからな」
そして彼女と同じように下を見てみた。
「こっから見たら、ほんとに足の下だな」
大きく思えた広場の中央にあるホールも、ここではおもちゃのように小さい。
「下から見たら…ここは空の上ね」
「…そうだな」
「空の上に何があるかなんて、気にしないのでしょうね…」
知らず恨みがましい響きがもれてしまって、哀は口をゆがめた。
「下に下りてみたら判るんじゃねえか?」
それにできないわよ、と返しつつも、その否定の小ささにまずあきれてしまう。
しばらくそのままで黙っていると、風に乗って、大勢の声が微かに聞こえてきた。
この時間に起きているのはKIDの住人だけ。
あと少しでこの魔法の街が眠りにつくので、最後の大騒ぎだろうか。
どんなに美しい景色も、毎日見ていれば変化のなさに飽いてしまう。
どんなに美しい空の上も、他とは隔絶された場所であり、孤独が徐々に侵食してくる。
それでも、哀は制約のために自ら下に降りることができない。
KIDの鍵である、この時計塔を離れることは――KIDの消滅を意味する。
「いつだったか…、あなた、やめたかったらやめていい、って言ったわよね」
「ああ…言ったな」
何を、とは言わずに唐突に問いかけた彼女に、彼も眉ひとつ動かさずに同意する。
「私がやめたら…KIDは無くなるのね…」
「やめたいのか?」
責めるでもなく、
嘆くでもなく、
ただ問いかけてくる蒼い瞳に、
ずるい、と思う。
哀はしばらく黙ったあと…ふ、と微笑う。
「やめないわ。」
小さな声で、それでも唇を動かした彼女に、コナンも柔らかく口の端を持ち上げる。
「強くなったよな、おめー」
「あら、ありがと。たぶんあなたのせいよ」
「はぁ?」
「冗談よ。本当は、こんなところに毎日いるから、ね」
「こんなところ?」
「あなたは偶にしか来ないけど、ここは――」
そこで、言葉が途切れた。
眩しく輝く光が街を覆う霧を貫き、月の最後の光を圧倒する。
おぼろげな存在を許さない、つよい光。
世界にも、二人の間にも、光が溢れて…見えなくなる。
表情が見えないのが判っていて、哀はようやく聞こえるくらいの声で、告げた。
「『ここ』は、寂しいのよ?」
その瞬間、ちょっと目を見張った様子の彼が新鮮だった。
夢が終わり、一日が始まる―――。
太陽が完全に昇ったころ、時計台の上には誰の姿も無かった。
そこからは遠く離れた土地はもちろん、街の隅々までが見渡せる。
美しくも、孤独なその場所。
一番空に近い場所で、時計は音を立てて、時を刻み続けていく。
(04,05,23)
ん〜ようやくできましたー。
これも骨董品シリーズです。というわりに新一さんはついに名前すら登場しませんでした。
まあ、コナンくんがいるし?
ちなみにこの話では哀ちゃんは時計なんですけど…わかりにくっ。
個人的に哀ちゃんとコナンくんの二人は大好きです。
この二人ってやっぱりお互いに一番近い存在だと思うんですよね。
同じ立場というのもあるし、小学生してるうちに少しずつ考え方とかに影響しあってますし。
原作でも相手を巻き込ませまいとしますけど、最後にはお互いが必要なんです。
きっと一生一緒ですって!(←実は結構コ哀好き)
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