人 形











少し曇ったガラス窓から夕暮れ時の太陽が、室内を特有の暖かい色で染めあげていた。
その部屋には若い男がカウンターがわりの机の上で、静かに本に目を落としている。

傍らにはコーヒーのカップ。
良質な豆のいい香りが漂っている。

外からの軽い騒音のみがその部屋の静寂に割り込んでいた。



ふと、男はその蒼い瞳をあげ、気が付いたように時計をみる。

「時間…だな」

そう呟くと、彼は上着を着ながら行ってくる、と誰にともなく告げ、慌ただしく部屋を出ていく。



『工藤屋 ―――骨董品買い取ります』とふるびた書体で書かれた看板。
その上にかかった札の、『close』という文字を揺らして扉がしまった。













『いーかげんにおきなさいよっ快斗っ』
『…んだようるーせーなあ』
誰もいないはずの部屋に声が響く。

なにひとつ動くもののない、部屋。

そこらじゅうにおかれた骨董品。

丁寧に管理してはあるが、剥き出しの状態でおかれているのが、少々不自然にも思える。



棚から、また声が上がった。
…棚から。

『もうっ忘れたの?今日よ!青子を連れてってくれるって約束は!』
『忘れてねーよ。俺の頭脳をなめんなよな。青子じゃあるめーし』
『快斗のばかーっ』

微笑ましい(?)痴話喧嘩は、…どうやら、棚の中段辺りに座っている二体の人形によって繰り広げられているようである。
伸ばした黒髪に可愛い少女の人形と、跳ねた癖っ毛に長い手足の少年の人形。

どうみても人間ではなく、人形、だった。







地上のかわりに天が紅い色を見せるころ、丸い満月が顔をだす。
その白い光が街全体を照らしたとき、異変が起きた。



時計塔の鐘が鳴る。


普段と違い、十三回。




その音の余韻まで完全に消えたとき、街は白い霧に霞んでいた。
街のなかでは、鐘が鳴るまでひとっ子ひとりいなかった通りに、今では多数の動く影がある。
見た目はひとのようではあるが、ひとではない。


魔法がかかった、ものたちの宴が…始まる。











外から聞こえてくる鐘の音は、大きくはないのに不思議と彼らの眠りを深みから引き上げた。
『…?』

重い思考で、なぜ目覚めたのかを探る。
考えて、違和感に気づいた。

変わらない暗い部屋。
ここからは自分と同じ、ほかの二人が見える。
いや、見えるはずだった。
けれどなぜか彼らの姿は見えず…代わりに見えたのは、どこか彼らに似た『人』?


そのとたん、普段は意識だけがあって、動かないはずの手足が動いた。
そう、自らも『人』の姿になっている。
同じように変化に気づいたらしい仲間と顔を見合わせ、
『どういうこと…なんですか?』
わけもわからぬままにつぶやいた声は、実際に音となって部屋の空気を震わせた。







そして答えの出ないまま、十数分後。

「迎えに来た」

男が一人、現れた。















楽しげな声や揺れる灯り、行きかう人々。
ものめずらしい、外の世界だ。
誰もかれもが浮かれはしゃぐ、特別な夜なんだよ…。


「で、どこまで話したかな? そう、長い間この世に在ったものには『命』が宿ることがある、ってとこだっけ。これは珍しいことじゃない。もちろんすべてのものがそうなるんじゃなくて、いくつか条件があるけど。そして、ここは『そうなった』ものたちが住む街だ」

さきほど骨董品店にいた男が、三人ほどの少年少女を引き連れて町のとおりを歩いていた。
普段の彼にしては饒舌なほどに、さまざまな話をしながら、町外れの富豪の館から中心にそびえたつ時計台の元へと向かっている。

三人は街外れにある富豪の館に『いた』ものたちである。
今夜、永い眠りから目が覚めてしばらくして、目の前の彼が三人のもとへ訪れてきたのだ。
連れられて歩く三人は懸命に男の後をついていく。
長い間自我はあっても、実際に動くからだはなかったのだから、生まれたての赤ん坊のように、男の言葉が全ての源だった。不安と期待が入り混じり、興奮で精神は高ぶっていたが、安心していられたのは男のおかげだ。

それに。

この街には、満月の夜の間だけの夢がかかっているんだ、と。

告げた男がとても蒼くて澄んだ綺麗な目だったから。









『その…僕たちはどこへむかっているんですか?』
『きれいなところ?』
『おれ、なにか食ってみたいぞ』
三人は慣れぬ街に、どこか不安げに、けれど好奇に満ちた様子で矢継ぎ早に質問を繰り出す。

「行けばわかるさ。…きっと楽しめる」

楽しげな男の様子に、三人は顔を見合わせた。 





広いダンスホールに新たな顔ぶれが入ってくる。
さまざまに着飾った人々がいっせいにそちらに注目した。

「その子らか! よく連れてきてくれた、新一!」

「歓迎するよ!」

「あなたたち、ようこそ」



『KIDへ!』



温かく迎え入れられて、三人の緊張が見る間に解けていくのを新一は軽く微笑んで見守った。

ここへ来る最初のころは、皆、あの三人のように態度が硬い。
というのも、KIDでの命が宿るまでの間、長い年月をひっそりと過ごさなくてはならなかったということだから。



KIDは満月の晩だけ存在する、魔法の街。

普段ある街は消え、彼らだけの夢の街がそこに忽然と現れ、そして夜明けにはさながら夢のごとく、跡形もなくなくなってしまうのだ。

KIDに住むのは普段の街では動かず、自我も持たないはずのガラクタたち。

古ければ古いほど、そしてKIDへの執着が強いものほどKIDにいつまでも在り続ける。



「かたちあるものは、たとえガラクタであっても、KIDでは自由に動き、話すことができる…」


今夜の新入りたちに聞かせる話がすでに始まっていた。
満月のたびに開かれる、街中のKIDの住民たちの宴。
普段の街ならば何もない、街の中央広場には巨大で開かれた建物が出現している。


その中央で、今夜の主役の新入りたちが興味深げに話に聞き入っっていた。

その話をすでに聞いたものも耳を済ませて、時折話に乱入したりして、KIDについて誇らしげに語る。

そこから、まぎれもない自分たちの街に対する誇りが感じられる。


「ここで一番多いのは人形よ!」

「ひとの形をしたものにはひとのような魂が宿りやすいからね」

「わしのせりふを獲るな!高木!」



くすり、と。
壁際で聞いていた新一が笑いを漏らした。
沸く場の中央に目線をもう一度やると、そっとその場を抜けだす。


新一は、知る限り…現実でもKIDでも人間である、唯一の存在だった。














「しーんいちv」

「なんだ快斗か…」

横手から突然聞こえた声に一瞬身をこわばらせた新一だったが、人物の顔をみとめるとすぐにからかうような笑みに変わる。

「お前、青子ちゃんをほうっといていいのか?」

快斗と呼ばれた少年が、ホールへの階段の途中から身軽に飛び降りてきた。
どことなく新一に似た顔で、苦笑するように新一に言葉を返した。

「いいの、約束で連れてきて、お役御免。あいつも知り合いとあえてはしゃいでるみたいだし。俺は新一としゃべりたかったから」

「ふぅん?」

淡い光がともる小道の入り口。
快斗は新一に追いつき、並んで歩き出す。

「ね、俺前から聞いてみたかったんだけど…」

「なんだよ」

「新一が…」

「?」

「新一が、この街の魔法使いなの?」


「………ふ」


きっかり三秒沈黙してから新一は笑いのつぼにはまった。
肩を震わせ、腹を抱えてかろうじて道端での大爆笑を控えている。

「な、なんだよ〜そんな笑うことないじゃんか!」
けっこう本気で訊いたのにっ。

「『まほーつかい』とか言うから…お前のキャラで…真面目な顔して…」
声が笑いで震えまくっていた。目尻には涙さえたまっている。
よっぽどはまったらしい。

「新一と同じ顔だって! ってゆうか、泣くまで笑うことないだろ!」

「ハイハイ。あー笑った笑った…」
といいつつも、口の中で「魔法…」だのと笑い混じりにつぶやいている。

どことなく、彼にはぐらかされた気がしなくもないが。
そこまで笑われると快斗は恥ずかしくなってきて、「しんいちっ」と叫びながら彼にじゃれついて、自ら振った話題をごまかした。









「――あれが、KID名物のふたりじゃ。顔もよくにとるじゃろ?」

『お、さっきの兄ちゃんじゃんか!』 『ほんとですねー』
『とっても仲いいんだねv』

いつのまにか、新入りに『名物』として紹介されていたふたりだった。








満月が沈むまで。




宴は続く。






























(2004,04,25)

はあーっ長かった…! かつてないほど!
「人形」ってキーワードつかえてない、という突っ込みはなしで…
これが「10憧れ」へと繋がる(時間的には憧れの後)おはなし。
いろいろ書きたいと思ってる割にいろいろはいらんかった(汗)
結果なんだかよくわからない世界が広がってしまったという…ま、まあゆるして(^^;
ってかこの二作の時間差は何だ…! 同じくらいに書き出したはずなのになあ。

世界観微妙でも、二人がぜんぜん出てきてなくても! がんばって書き募りますのでよろしく。




                       戻る?