ねね新一、今度の日曜日絶対空けといてね!

ああ? まあ、忘れてなけりゃ、な。







愛の境界線 〜Border Free〜








「って言ったのにぃ〜………」
うじうじと閉まった扉を見つめながら黒羽快斗はダークな声を出した。
不快指数は120、局地的に湿度が上がって勢いできのこが生えてきそうな感じである。
今日は日曜、外は天気のよい行楽日和なのに、この男はじめじめと今朝を振り返った。


なにやら朝早く起きだし、出かける準備を始めた東の名探偵こと工藤新一はなにやらご機嫌であった。
(おれと出かけんのが楽しみなのか〜。可愛いなー新ちゃんてばv)
などど快斗が浮かれて考えていると。そんな快斗に構わずに新一は朝食を口にする。
「新一、今日はどこ行く? 俺は遊園地とか東都デパートとか」
にこにこと問いかける同居人に新一はきっぱりと言い放った。
「警視庁」
「・・・へ?」
「だから、今日は高木さんに資料見せてもらう約束があるからさ。めったに見れない超極秘のやつを、この前の事件の関連で見せてもらえるんだ〜♪」

語尾が浮かれてます、新一さん。

「お、俺の約束のが先だったじゃん…?」
「快斗は逃げないけど資料は今日しか見れない。また今度な、快斗」

爽やかな笑顔で酷いことを宣言すると、そのまま席を立って玄関へ向かう。
折よく到着する、間がいいのか悪いのか分からん高木刑事が「おはよ、工藤君」などと言いつつ助手席へと新一を誘った。

「じゃな、快斗。てきとーに時間つぶせよ」
「ごめんね、黒羽くん」


車はそのまま発進。のち左折で完全に快斗の視界から消えた。

後に響くのが長く尾を引く嘆き声…

「やだ〜〜〜〜〜〜!!!」







「うう…」
泣きまねをすること小一時間。
小一時間もやってたんかい、という突っ込みはおいといて。
出かける新一に泣きまねを始めた快斗だったが、やってるうちに本気で泣けてきたらしい。
かなり情けない姿だが、当の本人は大真面目に人生を悲観していた。


(警察資料に負けた…俺の約束が先だったのに。浮気相手が生身の人間じゃないのはいいけど…暗号でも出して真剣に勝負するべきだったかな…)
極秘の警察資料か、快斗作の暗号付きデートか。

「…」

たらり、と汗が流れる。

新一がどちらを採るのか、正直予想がつかない。

…負けたらコワいのでしばらくこの勝負は避けようと思います。


それはともかく。


「新一って…俺のこと、ほんとに好きなのかな」
とまあ、根本的かつ最も重要な点に考えが行くのもとうぜんだ。

なにせ、新一へ抱く淡い想い(笑)を自覚してから、数多くの大胆なアプローチやら口説きやらで新一にアピり続けてきたのは快斗の方である。

新一は嫌そうな顔をしていたけれど、甘い逢瀬(←快斗視点)を重ねるうちにだいぶ嬉しそうな顔をしてくれるようになったし、仕事の後訪ねればコーヒー飲むか?(←冬場における彼の同情)とか言ってくれるし、ぽつりと漏らした弱気な言葉に、優しくも強く立ち直らせてれたりもした。ので。

こうなったらもうオトモダチ→親友→恋人! しかねーだろ!


半ば強引に同居に持ち込み、押しに弱いらしい工藤新一の、誰よりもそばにいるようになって、二週間。

きらわれてはいないとおもうのだが…。
愛されている自信はいまいち(というか今朝の事件によりあんまし)無い。




「う〜〜〜。う?」
はた、と快斗は気がついた。
なにか思いついたような顔ですっと立ち上がる。

そう。わからないなら、聞けばいいじゃないか!






























「佐伯さん」


探している人の声が聞こえて、快斗は足を止めた。
裏庭のような場所から話す声が二人分聞こえる。なんだか割込み難い空気におされてそっと木の陰からのぞくような格好になった。





工藤新一は静かに、悲壮な顔をした女性と向かい合っていた。
どうやら旧知の友人らしいその女性は、しかしその右手に小さなナイフを握り締めている。

「佐伯さん…考え直して、くれませんか。彼は貴女がこうまでする男なんですか。」
「…工藤君、貴方から見れば私は愚かな女に見えるでしょうね…。だって、貴方は間違えないもの。恋をしたって私みたいにならないわ。自分でもわかってるのよ。こんなこと、しちゃいけないって」

でももうどうしようもないの、と、彼女は自分の黒い服の袖を握り締めて、泣きそうな顔で目の前に立つ名探偵を見つめる。




通じ合っていたはずの想いは裏切られた。
信じていた気持ちはいつのまにか、暗い色を帯びていった。

「ねえ、工藤君。私あの人が好きなの。好きだったの。あの人が私と別れて他の人と付き合うなんて許せないくらい…」

だから目の前で死んでやろうと思ったのよ、と彼女は笑う。悲しげな顔で。
もう叶わない望みを捨てて、どこかほっとした顔で。


「こんな気持ち、捨てられればよかったのにね…。相手の幸せを願えない想いなら、捨ててしまえればよかった。
彼の気持ちがだんだん離れて行ってるのは何となくわかってたわ。最後の方なんて、私が彼のために何かするだけ、彼は私を遠ざけたもの。
わかってたつもり、だったけど…実際に、別れ話をされたとき、私、嫌だ、って思ったの。同時に許せない、って…。
…愛してたのに。そう思った瞬間に、悲しくて悔しくて、たまらなくなったの…」

思わず我を忘れてすがりついた。激しい押し問答を重ねた気がする。
次に気がついた時、立っていた階段の下に、頭から血を流して横たわる相手の姿があった。

「恋なんて…」



「佐伯さん、僕も…ありますよ。叶わない恋をしたことが」

「…そうなの?」

「ええ。うちあけることもできないし、相手には決して届かなくて、苦しくて…辛い思いをしたことがあります」


だから貴方の気持ちが、ほんの少し、判る気がします。
辛い。哀しい。耐えられない。
けれど…どうしようもない。


「けど佐伯さん、僕はやっぱり人が人を殺すのを見逃すことはできないんです。自分の命ですら自分のものであってそうでないんです。誰であっても、死なせたくありません…それが友人のあなたならなおさら。

貴方の彼は貴方が好きになるくらいだから、きっといい面もあると思います。…けど貴女を振るくらいだから、彼は見る目が無い」

「ふふ…」
想わずほうけたあと、彼女は涙をこぼしながら、微笑った。
「失敗、だわ…。貴方にそんな風に言われちゃ、もう叶わないわ…」


小さなナイフは静かに折り畳まれて、新一の手に重ねられた。















「新一…」

彼女が去った後で、快斗はベンチに腰を下ろした新一に近付いていった。
快斗を見てもさして表情を変えないということは、新一は快斗の存在に気がついていたのだろう。


「彼女…友達だったんだね」
なんといえば言いのかわからなくて、結局快斗は小さな疑問から口にした。

「ああ…学校のな。割りとよく話もしたし、気もあっていい友達だったんだけど」

新一の横顔は憂鬱そうだった。

それはそうだろうと快斗はぼんやりと思った。
相手が友人だろうと…恋人だろうと、この人は悩み抜いた末に断罪するのだ。
心無い人は言う。
そこにある深い悲しみや葛藤を知ること無しに、
『情け知らず』『人でなし』ひどいときには『人殺し』

などと。

そのたびに快斗は叫ぶ。

工藤新一を良く見ろ。
あんなにも疲れて、悲しげで、辛い顔をしているじゃないか。
その人が犯人でない証拠を探し回った後なんだ。
自分の推理こそが間違っていればいいと願っていたんだ。それが…わからないのか。


今も、新一は憂えている。
誰も新一を責めなくても、新一自身が責めている。

慰めたいと思う。
抱き締めたいと思う。
癒せればいいのに…そう思う。

しかし実際には快斗自身が怪盗KIDという名を背負っている犯罪者なのだ。


「新一…、元気、出して」

結局、快斗はありきたりな言葉を口にした。
新一は微かに笑って、サンキュ、と言う。
そのまま立ち上がって歩き出したから、快斗は歩調をあわせて隣を歩いた。

新一は優しい。
相手を追い詰める刃を持っていながら、それでもって相手を救うのだから。
頭の鋭さ、語られる言葉の真摯さもさることながら、その心の広さに人々は魅かれ続ける。

優しいゆえに彼は孤独かもしれない。
慕う人が多い反面、彼の、人間なら当たり前の汚い部分を知る人は少ないのかもしれない。

だけど。
だけど、自惚れてもいい、新一…?



「俺は、新一のこと、ずっと守るからな。」

「んだよ、バーロ。俺はお前に守られるほど弱くねえっての」
立ち止まって告白した快斗を、少し前で振り返って、新一は笑った。
もう、すっかりいつもの調子に戻ったように見える。

そう。どうして悩んだりしたんだろう。
俺は新一が好き。ただそれだけで十分なんだ。

たとえ新一が俺のことを単なる友達や怪盗であるとか、便利なやつとかアッシー君とか思ってても!

自分で思っておいてちょっと落ち込んだ快斗はさらに落ち込むことを思いだした。
「し、新一…。さっきさ、あのー」
「…? なんだよ」
「新一の…叶わない…」
歯切れ悪く言葉をつむぐ快斗をいぶかしんでみていた新一はやおらぽんと手を打った。
「ああ! 俺の初恋話か!」
(あ、初恋なの…
ん? でも新一の初恋って蘭ちゃんじゃなかったっけ?)
微妙に新一の発言とは食い違う気もする。
わずかに首を傾げる快斗に気づいたのかどうか、新一はちょっぴり切なげに眉を寄せた。
「相手はおめーも知ってるやつだぜ…」
「・・・!?」
なんですと??! と顔に書いてある快斗は平静を装って疑問を口にした。
「だ、だれのこと…?」

ふ、と新一の形よい唇が笑みを形作る。
きれいな新一の顔。
ゆっくりと―――真実が語られる。

「ホームズだよ」

がくっ。
快斗は見事に脱力した。
力なくうつむく快斗を尻目に新一は『マジ切ねーよなー』などと軽く笑いつつ同意を求めてくる。


(俺、遊ばれてる…?)
いまさらながら思い当たった快斗は心の中で思いっきり涙した。
こんな調子では、いつ新一の『大事なヒト』になれるのか。恋人なんて夢の夢の夢のよーな…(涙)


「さてと。昼飯でも食いに行くか。快斗」
「し、新一〜〜っ」



いつか、惚れさせてみせる。
…永遠に無理かもしれないけど。(泣)


それまで、傍にいるよ…













end






2005/04/18
キリ番…あれ、何番やったっけ?
「いろんな意味で快斗を振り回す小悪魔新一くん」
でしたー。ゲッターは里望さま♪
…いろいろ、時間がかかった思い出があります。
返品可、ですからー(>_<;)