11.開かずの扉


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失踪シリーズその4。一覧はこちらからどうぞ。

12.血塗りの部屋




工藤が死んだ。
正確には、死んだとしか思えない証拠が目の前に揃った。

平次はその知らせを聞いたとき学校にいた。一週間前に阿笠博士から工藤新一が失踪したという電話を受けたときも、彼は学校で部活の最中だった。
そのときもやはり東都に行って、二日ほど捜索を手伝った。
しかし成果は出ず、彼の足跡を探りながら平次はどんどん嫌な予感を募らせていた。
何かが。あったのかもしれない。
しかしそれ以上は考えることを禁じていた。
平次は大阪に戻りたくはなかったが、学生である以上戻らないわけにはいかなかった。何より東都にいてもそこにやるべきことはなかった。
悔しかった。
平和な高校生活を送っている自分が腹立たしく、それしかできない自分が許せなかった。
本来なら工藤新一だって似たような生活があったはずなのに。
ひどく疲れて…涙も出ずに、ただただ何かをしていたい気持ちに駆られていた。

思い出す。
やっと江戸川コナンからもとの姿に戻ったとき平次は心から友人を祝福した。解毒剤を完成させた灰原哀には賛辞と感謝をおくった。二人とも、少し照れくさそうに笑っていた。
それなのに。


やがて失踪現場から程近いところにある廃工場が焼け落ちる事件が発生した。幸いにも消火がはやく、現場を捜索した警察は大量の血痕が付着したと思われる痕跡を発見し、詳しい状況捜査を開始した。なお焼け跡であるために現場の損傷は非常に激しく、解析は難航を極めたが、最終的には近くの海上に漂っていた男物の上着が発見されたことで一気に捜査が進んだ。その結果、毛髪などの鑑定によりその上着は都内に住む工藤新一のものだと断定された。


「なんでや!なんで、工藤が…ッ」
その知らせを聞いたとき、平次は声を張り上げて感情をあらわにした。
衝撃と動揺のあまり、その日どうやって部活を早抜けしたのか覚えていない。ただいてもたってもいられずにその足で東都に向かい、そこでできたことは何度か目にしたことのある彼の上着と、そこについた血の鑑定結果を確かめることだった。
すなわち、この血痕のある上着は間違いなく工藤新一のものであり、彼の血であるということ。
本人は見つかっていないけれど、もしこの上着を彼が着ていたのならば心臓の辺りに最も大きな血が付着しているということ。
だから、工藤新一は。


すでにこのニュースは内輪のものでなく新聞にも載ったために、工藤新一を知る人は一様に衝撃を受けている。学校の友人や事件の関係者たちが工藤邸を訪れる光景が繰り返されていた。
痛ましいほどに元気がない毛利蘭。
どこか怒ったような顔をした毛利小五郎。江戸川コナンともかかわりの深かった毛利家はそれぞれの理由から沈黙を保っていた。
工藤の両親も、また。


葬儀場で皆の様子を見ていることが辛くて、平次は目をそらす。
ふと目の端にひっかかるものを感じて振り向く。そこにはどこか工藤新一に似た学生服姿の少年が同じように一歩引いたところで立ち尽くしていた。その寄る辺ないような表情は、深い喪失感で満たされており、大切なものを失くした沈鬱な表情をしていた。
・・・俺と同じく。


誰も彼もが、彼を悼んでいた。
工藤新一に関わる人物は、それぞれ口を閉ざして悲しみを表した。
彼に近しい人物であればあるほど、何も言うべきことはないように首を振る。
平次もまた、それに倣う。
けれども平次の沈黙は「信じられない」からだった。自分が動くことで、より決定的な彼の死を示すものが出てきたら、そう考えると平次は動くことができなかった。
それでも、いつだったかコナンだった小さな彼と交わした会話は、平次の中に今もある。
ならば、探偵として、彼に恥じない行動を。



彼らの沈黙の理由が違うものだったと言うことに気がつくのは、もう少し先のことだった。





#日常に入り込む悲報。
(2007/06/09)



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13.映らない鏡


人生は選ぶことの連続だ。それは言い換えれば捨てることの連続となる。毎日何かを選んで生きていき、毎日何かの可能性を捨て続けている。
そうやってひとり選び続けて、振り返ったときに見える道が人生というわけだ。曲がり道や遠回りでも構わない。そんな道にこそ、思いがけない出会いや幸せが転がっているものだから。
それに、俺はあの日軽率だったことを悔やんでも、どのみち同じ行動をとっていたと…そう思う。


言葉を一つ発しただけで人の人生を変えるかもしれない。
その気がなくても人を追いつめてしまうかもしれない。
探偵という道は謎を解き明かす喜びにその危険を常にはらむものなのだ。

運命とか必然とか陳腐な言葉を使いたくはない。現在の状況はすべからく自分で選んできた結果ということはわかっているつもりだ。
これからも。

ある人の生きることを諦めた悲しい笑顔を見たとき、俺は自分が間違えていたことに気がついた。
ある少女の涙を見たとき、俺は同じように俺を見て頼みごとをした女性の顔を思い出していた。
約束を果たす。そのために捨てるものは多く、比べて得るものはほんの僅かだ。
多くのひとを騙し、傷つけ、悲しませるかもしれない、それでも。

つかみ取りたい未来が、
果たしたい約束が、
もう一度会いたい人がいるから、

俺は諦めない。


だから…さよなら。


さよなら、工藤新一。




#いつでもどこかで誰かが何かを選んでいる。
(2007/07/11)

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14.啜り泣き

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15.触れてはならぬもの


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